クラスター#19

氏名:角中美紀(かくなか・みのり)
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:大学生
日時:二〇二〇年五月二日


私のスマホが鳴る。非通知の着信。まただ。

新型コロナウイルスに感染してしまった。責任は自分にある。

私はごく普通の大学生。都内の中堅の私立大学に通っている。

家庭はそこまで裕福ではない。かといって貧乏でもない。弟と妹がいて、二人ともまだ学生。親からは大学の学費は自分でなんとかしなさい、と言われている。

私は奨学金を借りている。なおかつアルバイト二つ掛け持ちしている。余裕はないが、それでなんとか学費は払えていた。

片方のバイトは二十四時間営業のファミリーレストラン。ちょっと出費が重なるときは、夜勤をいれて収入を増やす。私みたいな大学生のバイトも多く、そう言った融通を利かせてくれた。

もう片方のバイトは個人経営の居酒屋。「船田屋」という、優しいおっちゃんが切り盛りしているお店だった。

部活の先輩がそこで働いていたのだが、先輩は大学卒業とともに就職。先輩が抜ける穴を埋めて欲しいと頼まれて、雇ってもらった。

個人のお店なので、ファミレスのほうより圧倒的に融通が利く。テスト前は休みを多くしてくれるし、長期休みはシフトを増やしてくれる。なにより店主の船田さんが優しい。

「うちみたいな店で働いてくれるだけでありがたい」

たまに「明日来れるかな?」と急な出勤もあったが、そこはお互い様で積極的に入っていた。働きやすい、ありがたいお店だった。

四月の頭。安達総理大臣が「緊急事態宣言」を発令した。

三月から「コロナ」の話題がじわじわと耳に入ってきていた。大学も無期限で授業開始を延期。徐々に自粛のムードが広がっていった。

その影響は私のバイトにも及ぶ。ファミリーレストランは緊急事態宣言を受けて、完全休業の措置を取った。全国チェーンのお店はどこも同じ感じ。その流れをそのまま受けた印象だった。

当然、私のファミレスのバイトの収入はゼロになった。まあ、当然親もこの状況を知っている。言えばお金を貸してくれるだろう。だけど、ここまで自分で学費を稼いでいたのに、ここに来てまた親を頼るのか?自分の中で戸惑いはあった。

それも仕方のないことか。そう思っていたときに、船田さんから電話があった。「うちも自粛します」って、そんな連絡だろうなと思った。

「休業は出来ない」

私の予想とは裏腹に、船田さんは出勤をお願いしてきた。電話の内容は、うちは何か月も店を閉める余裕など無いからやる。お客さんも来ないかもしれないけれどやる。美紀ちゃんは来たくないなら来なくてもいい。そんなところ。

優しい船田さんらしく、世間の情勢を顧みて、私に出勤するかどうか決めさせてくれた。

私は迷うことなく「行きます」と伝えた。

理由は何個かある。一番はやっぱり無収入が辛い。あるのとないのでは大違いだった。

あとは船田さんへの恩とか義理とか、そんな感じ。あの料理が大好きな船田さんがやると言うのであれば、アルバイトの身分ではあるがサポートしようと思った。

そんなやりとりのあと、私は数回勤務した。お客さんは数えられるほどしか来ない。私の人件費がかえって無駄になるんじゃないかと申し訳なくなるくらいだった。

そして、最悪の状況を迎えてしまう。

お客さんの会食でクラスターが発生。食事をともにした四人全員陽性。そこに料理を運んだ私と、その私と会話をした船田さんも感染。船田屋内で計六人が感染した。

会食をした四人は今世間を賑わせている。お笑い芸人、野球選手、モデル、女優。全員そこそこの知名度のある人。そんな人たちが緊急事態宣言下で合コンしたということで、ワイドショーで毎日のように晒されている。今ニュースもコロナしかないので、執拗に批判されているようにも見えた。

この四人が来たことは覚えている。注文を聞きに行ったときに、一目で「あっ」となった。いけないことなんだけど、厨房からチラチラ覗いて顔と名前を一致させた。モデルのくーみんと芸人の黒木って人は知っていた。小野寺っていう女優と表っていう野球選手はグーグルで調べた。そんな世間話を船田さんともした。

あの四人の誰かがウイルスを持っていた。結果六人感染した。まあそりゃそうだよなって思う。けっこうな大声で話していたから、誰かが感染していればそうなることが分かる。

船田さんは早々に電話で謝罪をしてくれた。「営業した私の責任だ」としきりに言ってくれた。

そんなことないですよ、と私は返した。悪いのはコロナウイルスであって、船田さんではないですよと言った。これは自分にも言い聞かせるためだった。

私はその勤務の次の日に、新歓コンパに参加した。今もそうだが、私は全く症状は無い。だから、まさか自分が感染しているとは思わなかった。

結局、あの四人と同じことをしてしまった。私が悪いと言い聞かせてはいる。だけど、マスクもしていたし、やれることはやった。それでもここまで言われないといけないのかな。

「大学でクラスター発生」

私の大学の名前がネットで叩かれている。どこのどいつか分からないが、私の個人情報を特定した。その結果、一日に数回非通知での着信が来るようになった。

最初の着信は出た。すると相手はすぐに罵声を浴びせてきた。男の声だった。

恐ろしい世の中だ。ここまでしないと気が済まないのかな。私が悪いと言い聞かせて、なんとかやり過ごしていた。

スマホが震える。

またか、と思った瞬間に違うことに気が付く。発信者の名前があった。


船田智子


船田さんの奥さんだ。珍しい、なんだろう。

「はい」

私は電話に出る。

「美紀ちゃん?」

智子さんは声でも分かるくらい動揺している。

「どうしました?」

「大変なの……」

「…………」

「一徹が……、旦那が死んじゃったの……」


つづく


~~~~~~~~~~~~~~~

【ごめんね】二日ばかりさぼりました


もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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