クラスター#30

氏名:谷太郎(たに・たろう)
年代:三十代
性別:男性
同居人:なし
職業:芸能事務所社員・飲食店経営
日時:二〇二〇年五月十五日


コロナが流行し始めた。タレントの仕事は次々にキャンセルとなった。飲食店も休業を促された。俺の大きな収入が二つとも窮地に追いやられた。

名前も知らない「幹部」を名乗る人と電話で連絡を取ることがある。緊急事態宣言が出るか出ないかってときに、一度連絡を取った。

「テレビのほうは仕方がない。ホストはやれるだけやれ」

「何か対策とかって取ったほうがいいですかね?」

俺の質問は返事をしてくれなかった。このときすごくイヤな予感がした。久しぶりに恐怖を感じた。

「幹部」の言うことを無視するわけにはいかない。店を休業するなんて絶対に無理だ。やるしかない。

俺は従業員に圧をかける。開店前に集会をして、意思を確認した。中には「やっていいんですか?」「客に何か言われたらどうすればいいですか?」と聞いてくるやつもいた。やはり、みんな不安はあるみたいだ。

俺だってこんなときに店をやっていいものか分からない。ただそんなところを従業員に悟られてはいけない。なんて返したか分からないが、やるしかないと強く言った。

結果、クラブ内で集団感染が発生した。

「どうしたらいいですか?」

「揉み消せ。自分で消すんや」

「幹部」からの電話。俺はまず現時点でまだ病院に行ってない従業員には「病院に行くな」と命令。病院で陽性判定を受けたやつは現在三人。

彼ら三人には別で口止めの命令をする。万事に備えて、きちんと法に則ったホストクラブも経営している。そこの従業員と偽装するように処置を取った。

正直、後手後手の対応だ。絶対にどこかでボロが出る。それでもやるしかない。

思っていた通りに自体は悪化する。タレントの原田久美がホストクラブの出入りを証言した。もちろん彼女にも箝口令は敷いた。徐々に外堀を固められ正直に言うしかなくなったみたいだ。

「もしもし、お世話になっております。山下です」

原田のことを報道するなと全テレビ局に念押しする。あとで数百万払うのを条件にテレビ局員は許可した。このテレビ局員ももちろん半グレ。

「原田か?お前余計なことこれ以上言うなよ」

「でも……」

「芸能界から消されないように僕がうまくやるから。そのかわりこれ以上余計なこと言うな」

ホストのことで精一杯ではあったが、芸能事務所の社員としてもうまく立ち回らないといけない。万が一、原田が芸能界から干されたら、また収入が減る。そりゃまた一人タレントを見つければいいのかもしれないけれど、原田を逃がすのは惜しい。

五月に入って、少し原田の話題が減ってきたときにまたネットがざわつく。

原田が合コンをした飲食店の店主が自殺したらしい。その一報が出るとまた原田へのバッシングが熱を帯びた。

「船田さんが自殺したことは事実か?」

「はい。間違いないかと」

テレビ局関係者に聞く限り、間違いないみたいだ。

「いくらでもやる。全マスコミに自殺のニュースを取り上げるなと言え」

なんであんな女一人のためにここまでしなきゃいけないんだ。イライラが募るが、もう火を一個一個消していくしか手段が無い。

「人気モデル 闇ホスト出入りか!? 緊急事態宣言下で」

週刊誌がそんな記事をあげた。それを最初に知ったのは、従業員からのLINEだった。

「こんなん出てますけど、大丈夫ですか?」

大丈夫なわけが無い。誰だ、誰が漏らした。原田か?記事の続きに答えはあった。

「十代の男性が告発。未成年時からホストクラブに勤務し、飲酒を伴う接待をしたことを……」

……ライだ。間違いない。

慌ててライに電話をかける。しかし出ない。

どうする。まずはこの週刊誌に電話をかけるか?いや、もうすでにこの記事が載った雑誌は発売されているんだ。そんなことしても……

八方塞がりで思考が停止しそうな瞬間だった。家のインターホンが鳴る。

「はい」

「今すぐ出ろ」

家のドアを開けると、全身を黒のスーツに身を包んだ男がいた。マスクをし、深く帽子をかぶっている。

「稲田拓について聞きたいことがある」

荷物を持つ余裕すら与えなかった。そのまま家から出され、マンション前につけられた車に乗り込む。

警察であって欲しかった。こんな警察がいるわけない。裏社会の深い深い闇にいる人たちだ。

「稲田が全部吐いた。店のある場所まで全部。あのビルはもう使えない。稲田は警察に保護されてる」

稲田。ライの本名だ。あいつが裏切った。俺と店の仲間を裏切った。

車は全部の窓が覆われている。運転席と後部座席の間もびっしりと覆われていて前も見えない。どこに連れてかれるんだろうか。

「えらいことになってしまったわ。お前だけじゃ済みそうにないな」

父親と母親も最後はこんな感じだったんだろうか。この世界は少しのミスで簡単に消されてしまう。自分の寿命のカウントダウンがいつの間にか始まっていた。

あのとき幹部に歯向かって店を休業すれば良かったのか?ライに金を積めば良かったのか?いや、何をどうやってもこれは避けられなかった。「俺は悪くない」そんな命乞いをする隙も時間も無さそうだ。

憎むべきはコロナ。コロナが無ければ、こんなことにはならなかったはずなのに。

今まで自分は悪銭を手にして生きてきた。山下だとか中尾だとか、自分が誰なのか、自分も分からない。あるときは素人の女を褒めちぎって、あるときは従業員に怒鳴りつける。振り返ってもろくな人生じゃない。

人間失格。生きる価値無し。元々あってないような命。消えたところで悲しむ人なんて一人もいない。

そんなやつは「悔しい」と思う資格も無い。だけど、今は少しだけ悔しかった。


つづく


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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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