氏名:高田良信(たかだ・よしのぶ)
年代:六十代
性別:男性
同居人:あり
職業:スポーツ施設管理人
日時:二〇二〇年五月二十五日
原因は冷戦。ソ連からアフガニスタンへの軍事侵攻に抗議したアメリカ大統領が、ソ連・モスクワで開かれるオリンピックへのボイコットを提唱した。日本はそれに従った。
当然、私を含めた選手団は強く反発した。だけど、そんな声は何一つ聞いてもらえなかった。
私は幻のオリンピック代表となった。
その後も次の大会を目指し練習に励んだが、周りにどんどん追い抜かされた。大会でも結果を出せず、次のロサンゼルスオリンピックのときには、私は過去の選手となっていた。
現役を引退したあとは指導者に転身。未来の水泳選手の育成に励んだ。
そのときに必ずあの経験を忘れないようにしている。
この子たちがスポーツをやれる時間や場所を奪ってはいけない。もう二度とあのときの私のような苦しい思いをさせない。
あのとき勝手にボイコットを決めたのは、大人たちだった。あんな大人にはならない。それが私のスポーツに携わり続けるモチベーションだった。
そんな私が世間でいう定年の年齢になったとき、この施設のことを知った。この施設は私が守らなければ、跡形も無く消える。
スポーツを守る。アスリートを守る。運命を感じた私は、指導者を辞職。持っている財産を全てはたいて、この施設を買い取った。
内装、外装、全てをリフォームし古びたイメージを刷新。知り合いのつてを辿って、最新のトレーニング機器を導入。そして、この施設の隣に自宅まで作った。
この先、五十年くらい営業を続ければ、元は取れるかな?当然、大赤字だった。それでもいい。スポーツをしたい純粋な少年少女が練習できる場所を守り続けたかった。
その思いは伝わり、部活の合宿などで利用者は絶えなかった。思っていた以上に収入は増えた。プロの選手も来るようになった。
野球のことは分からない。体もそこまでピンピン動かない。だから、私は空間を作るだけ。そこに情熱を注いだ。
「面白い話、ありがとうございます」
「いや、たいした話じゃないよ」
安田くんはしっかりと報酬を払った。私はそんなお金になるような話ではないと思っていたから断った。だけど、あちらも「記者としての決まりなんで」と引かなかったので、結局受け取った。
後日、郵便が届いた。中身は私のインタビューが掲載された新聞であった。私の半生、施設のこと、私の思い。全てをありのまま、かつ面白く書かれていた。
「マスコミ」を毛嫌いしていた部分はあった。新聞記者なんて注目さえされれば、何を記事にしてもいい。そんなイメージ。
あのオリンピックのときだって、大会に向けて盛り上げて、ボイコットを煽って、マスコミは騒ぐだけだった。
だけど、彼は違うのかもしれない。世の中の「人」にスポットを当てて、良い記事を書く。そんな当たり前のことを素直にし続けている。
首都スポーツ新聞はかなり経営が悪化しており、他のスポーツ紙に追いやられているらしい。その中でも、ただただ「いい記事」「おもしろい記事」を書こうとしている彼の気持ちに惹かれた。
この日以降も時折、私の施設で練習をする選手に会いに取材に来てくれた。そのたびに私にも挨拶をしてくれた。
そんな彼が今、渦中の私の家まで来てくれたのである。
「安田くん。どうしたんだい?」
「電話にも出てくれないんで、心配したんです」
電話も同じ。だいたいどっかのマスコミがこのコロナの騒ぎについて聞きたいと電話をかけてくる。無視し続けていた。
「私なら元気だよ」
「良かったです」
「……それで?」
わざわざ心配のために来たのか?
「いえ、世間の高田さんのバッシングを少しでも減らしたくて……。お願いです、取材を受けてくれませんか?」
「…………」
「高田さんはスポーツの火を絶やしたくないって、その一心だったと思うんです。悪気なんて無かったと思うし、きっと高田さんが本音で語れば世間も分かってくれると思うんです」
「馬鹿なことを言うな」
私は抑えめの声でたしなめる。しかし彼は聞かない。
「僕は悔しいんですよ。下田選手だって表選手だって、きっと高田さんのことを悪いなんて思ってないはずです。それなのに……」
「安田くん」
「…………」
「じゃあ私の話を聞いて、それを記事にするのかい?」
「はい。ネットニュースにすれば、若い人にも読んでもらえるかと思って……」
「そんなことしたら、君たちの新聞社がつぶれてしまうじゃないか」
「でも……」
安田くんは今のこの世間の情勢を見たうえで、私のところまで来てくれた。彼は私を擁護しようとしてくれているのだ。だけど不思議と「嬉しい」と思えなかった。
コロナウイルスが猛威を奮っている。スポーツイベントは軒並み中止。部活の大会も消えて、東京オリンピックも延期が決まった。
私はあのときの気持ちを思い出す。
まただ。またあのときみたいに、今一生懸命頑張っている人たちの努力が消えてしまう。
「うちの施設なら使ってもいいよ」
連絡が取れる人たちに、そんなメールを送った。公には営業は出来ない。それでも、ちょっとでも体を動かす場所さえあれば、気持ちは楽になるはず。これが私が出来る最低限のこと。スポーツを頑張る人を守ること。
断る人も多かったが、来てくれる人もいた。あの緊急事態宣言で世間が自粛している中で唯一、私の練習場が体を動かせる場所だった。
その自惚れが大きな過ちであることを後に知る。
私のことをかくまってくれるのは、あのインタビューをしてくれた安田くんだけだろう。安田くんなら、なぜ私がわざわざあの状況で練習場の利用を許可したか理解してくれる。それは私にも分かる。
「安田くん」
「はい」
「ありがたいけれど、ダメなものはダメなんだ。私のやったことは間違いだった。これはもう明らかなんだよ」
インターホンごしだから表情は分からない。私も安田くんも、きっと同じ表情をしているだろう。
「……分かりました」
安田くんは再度私の体調を確認して、帰った。
すまない、安田くん。君みたいに私のことを肯定してくれる人は、もしかしたらちょっとだけいるかもしれない。
それでもこうなってしまった以上、私の行いは間違いだったんだ。
つづく
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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います
まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません
書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います
それでも良ければ、読んでください
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