クラスター#14

氏名:稲田拓(いなだ・たく)
年代:十代
性別:男性
同居人:あり
職業:ホスト
日時:二〇二〇年四月二十八日
 

僕が生まれたのは岩手県。海の見える家でお父さん、お母さん、三つ年下の妹と四人で暮らしていた。

そんな普通の日々が突然終わった。僕が小学四年生のときに東日本大震災が起きた。僕らの町はあっという間に津波に飲み込まれて、家は跡形も無く流されてしまった。

震災が起きた瞬間、僕と妹は小学校にいた。小学校はギリギリ津波が来なかった。小学校にいた人たちはなんとか生き延びることが出来た。

だけど家にいた母と会社にいた父は逃げることが出来なかった。未だに四千人以上いる行方不明者のうち、二人は僕の両親だ。僕と妹は取り残されてしまった。

親戚や仲の良かった近所の人の助けもあり、二人でなんとか生活を続けた。だけど、当然周りの人たちも震災の被害に遭っている。いつまでも周りに支えてもらっていてはダメなことは小学生でも分かった。

中学生になったとき、自分でも働ける場所を探した。日本の法律で中学生は働いてはいけないらしい。例外として、新聞配達は大丈夫。そんなことがネットには書いてあった。

それを鵜呑みにして、新聞屋に直接雇ってくれないかとお願いしに行ったが、全て断られた。

それでもめげずに働ける場所を探した。初めて雇ってもらえたのは個人経営の居酒屋だった。優しい店主のおじさんが、僕の事情を汲み取ってくれた。

おじさんも経営者として、中学生を雇ってはいけないことくらい理解している。接客はせず厨房で出来る仕事を与えてくれた。他の従業員にも口止めをしてくれた。本当にありがたかった。このころから多少の法を破ることへの抵抗が薄れていた気がする。

親戚の家から独立し、妹と二人暮らしを始めた。妹も家のことを全てやってくれた。他のことは全て犠牲にし、なんとか最低限の学業と生活は出来た。

そんな日々も終わってしまう。僕が中学三年生のときに、雇ってもらっていた居酒屋がつぶれてしまった。収入がゼロになった。

このとき僕は高校に進学するかどうか迷っていた。成績は悪かったけれど、受験すればどこかしらの高校には受かるとは思う。だけど、まだ学生を続ける余裕があるだろうか。

妹は絶対に高校は行ったほうがいいと言ってくれた。僕も高校に行くつもりでいた。それが収入がなくなり、そうは言ってられなくなってしまった。あんまり神様とか信じるタイプではなかったけれど、なんだか高校に行くなと天から言われているような気分だった。

迷いに迷って僕は高校進学を断念した。高卒認定試験とかもあるらしいし、いつだって戻ってこれる。今は妹のために働くことが優先だと判断した。

中学を卒業したことで、働くことの出来る場所はぐっと増えた。就職する道もあったけれど、資格もなければ特技も無い。体力仕事の重労働をこなせるほどの体でもない。バイトのかけもちが一番手っ取り早く稼げる手段だった。

「稲田くん」

十七のとき。働いていたバーの加藤店長に突然声をかけられた。

「いいお仕事紹介してあげよっか」

バイトを何個もかけもちなんてせずに、高収入が得られる。そう口説かれた。巡っても無いチャンス。とりあえず話だけでも聞いてみようと思った。

加藤店長に連絡先を教えてもらい、電話をかける。電話口から渋い男の声が聞こえた。

薦められた仕事、それがホストだった。条件は破格のものだった。東京でマンションを用意するから、そこに住んでいい。年齢は偽ってくれていい。給料は毎日手渡しで払う。そんな感じ。

絶対に踏み込んではいけない世界なのは分かった。断らなければいけなかった。だけど、目の前の大金に目がくらんだ。断るのが怖いのもあった。

「なんで僕にそんな仕事を薦めたんですか?」

「あんた話がうまいから向いてると思ったんだよ」

あとから知ったが、バイトをしていたバーも裏社会とつながりがある店だったみたいだ。ネットでの噂にすぎないが、僕みたいな人材を探すために日本中にそういう店は溢れている。お金を欲しているハングリー精神のある若い人はちょうどよくて、僕みたいな人を紹介すると加藤店長もそれなりの報酬をもらえるらしい。

結局、僕は上京することを選んだ。地元でのバイトを全て辞めて、東京に向かった。妹には派遣社員として雇ってもらえたと嘘をついた。

東京に着いてすぐに指定された場所へ向かう。雑居ビルの中にある小さな事務所だった。そこにスーツを着た大きな男と、今のホストクラブの中尾店長がいた。

「ようこそ」

タバコと香水のきつい匂いはしたが、一見普通のスーツの男だった。

「この世界は優しいけど、厳しい。そのかわりお金はたんまりとあげる」

ホストとして働くお店は東京のとあるビルの最上階の店。そこの地名は「夜のまち」というイメージがある聞いたことのある場所だった。

その店は会員制で、表向きは店があることも分からない。店名も無い。従業員もお客も許された人しか入ることの出来ない空間だった。

そこで二十一歳の新人ホストとして雇う。休みは週に二日。夜の十八時から朝の十八時まで勤務する。そんな契約内容をつらつらと話された。

「稲妻ライ。これがあんたの名前」

中尾店長が名付けたらしい。「稲田って聞いたら稲妻が思い浮かんでん!」と嬉しそうに話してくれた。

名前を支配されるなんて、なんか千と千尋の神隠しみたいだ。そのくらい異世界に迷い込んでいるのはたしかだった。

「……僕、ホストの経験なんて無いんですけど、やっていけますかね?」

話が終わり最後に恐る恐る聞いた。すると大男と中尾店長は大笑いした。

「加藤くんがオススメしてくれたっちゅうことはたぶんうまくいくわ。彼が推薦したやつは君が二人目で、一人目はナンバーワンホストまで登りつめたからなぁ」

ネットの噂は事実だったみたいだ。それに加えて、大男が僕に詰め寄る。

「まあ、あとは君次第。もし出来ないやつって分かったらすぐに捨てる。それがこの世界のやり方。人気になればなるほど儲かる。人気が出なければ捨てられる。俺の言いたいことが分かるか?」

「…………」

「十七歳でこんだけお金をもらうってのはそういうこと。優しいけど厳しい。食うものと住む場所は保証するから、あとは自分で考えろ」

この日の夜。僕は東京のマンションで泣いた。間違えた。来るところを間違えてしまった。もう逃げられないんだって。

僕は夜になると「稲妻ライ」として、店で働いた。お酒を毎日吐くまで飲んだ。ホストとして登りつめるために必死に働き続けた。

いつしか僕はこの世界に染まった。お店を代表するホストになって、指名も受けるようになった。お酒を飲んでも吐かないようになった。そして、信じられないくらいのお金を手に入れた。

妹に仕送りしても、まだまだ余るほどお金がある。はじめは怖かったけれど、それにも慣れてしまった。本当に怖い世界だ。

「夜のまち関連のクラスターが発生しています」

テレビの中の東京の都知事は、やんわりと我々の世界に責任を押し付けている。大庭さんとかいうおばさんは、しきりに「夜のまち」と連呼している。

僕だって感染なんかしたくなかったし、他の誰かにうつしたくもなかった。誰が悪いとか言いたくないけれど、「夜のまち」って一括りにされて責任を押し付けられるのは、少し違和感がある。日本中が混乱していることに対して、僕は責任を取らなければいけないのだろうか。

まあ無理もないか。対策を何もせず営業を続けている、うちみたいな店がある限り感染は広がり続けるだろう。

僕は中尾店長の言う通りに病院には行かなかった。行っても何も本当のことが言えないから。そのくらい「夜のまち」の闇は深かった。
 

つづく


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【ごめんね1】昨日(土曜日)更新さぼりました。すみません。

【ごめんね2】今日(日曜日)の更新、深夜になりました。すみません。

マイペースに頑張ります

 

もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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