クラスター#15

氏名:道重進(みちしげ・すすむ)
年代:四十代
性別:男性
同居人:なし
職業:演出家
日時:二〇二〇年五月一日


二〇二〇年。役者もミュージシャンもアイドルも死んだ。

私たちは誰かを笑顔にしたり、感動させたりすることでお金を得ている。それは突き詰めると、どの職業にも言えることかもしれない。だけど、私の仕事は「今目の前にいる人を楽しませること」だと思っている。

その“目の前にいる人”がいなくなってしまった。つまり私は無職になった。

幼い頃、父親に連れられて映画を観に行くのが大好きだった。自分もこんな作品を作る人になりたい。物心ついたときから、私は「人を楽しませる仕事」を志していた。

中学生のときの文化祭で一人だけ張り切って劇を作ったり、高校生のときに学校の機材を無断で使って映画を作ったり、ずっとずっと作品を作ることに熱中していた。

高校を卒業して、専門学校に入学。はじめは映画監督を目指して勉強し始めた。たまたま友人の舞台を手伝うことになって、演劇に裏方として携わる機会があった。そのときに一瞬にして魅了されて、演劇も勉強し始めた。次第に演劇だけを作るようになった。

日本での演劇の文化はまだ浸透しているとは言い難い。友達と「映画を観に行こう」なんてのはよくあると思うが「演劇を観に行こう」とはなかなかならない。それが私の心に火をつけた。

演劇が当たり前の世の中にしたい。

ありとあらゆる劇団の公演を見た。小さな会場、大きな会場、日本全国に演劇を観に行った。どうすれば演劇がメジャーな文化となるか、日夜考え続けた。

三十歳。自分の劇団を立ち上げる。劇団青息吐息。はじめは役者裏方含め七人しかいなかった。それでも自分の作品が受け入れられる自信があった。

事実として「劇団青息吐息」の名前は多少は広まった。自分の名前もそれなりに売れて、時折メディアの取材も受ける。「青息吐息が面白い」と言ってくれる人は一定数いるし、私の演出を受けたいと言ってくれる人も現れるようになった。いい役者が集まり、いい作品となり、そしてまたいい役者が集まる。手応えはたしかにあった。

だけど。演劇が「当たり前」の世の中になっただろうか?さっぱりだ。公演を打てども打てども、映画やドラマには勝てない。

自分だってなんとか食っていけてるのが現実。たまに通帳を見て冷や汗が流れる。自分と同い年の演出家や役者でも、この歳でアルバイトをしている人もざらにいる。

四十二歳。そこまで健康に気遣っている人間ではないので、もう人生の半分は過ぎたように思う。

十代や二十代のときに比べて、体力は格段に落ちた。それと平行して、演劇に対する熱も下がってきた気がする。熱があるにはあるんだけど、自分の限界を感じているのが本音だ。

演劇を当たり前に。その夢が大きすぎるのだろうか。不可能なんだろうか。自分には成し遂げられない話なんだろうか。

苦しみながら、演劇を続けていた。

そして今。その気持ちに追い打ちをかけられていた。

新型コロナウイルス感染拡大で日本中のありとあらゆるイベントが中止になった。歌手は歌を取り上げられ、芸人は芸を取り上げられ、我々は演劇を取り上げられた。

そんな世の中を少しでも励まそうと、色々なアーティストたちが知恵を絞っている。

メジャーなバンドは過去のライブ映像を無料で配信していた。芸人は無観客のライブを配信していた。「今目の前にいる人を楽しませる」ことが仕事である人は、なんとかして自分たちの存在意義を示し続けている。

じゃあ私には何が出来るだろうか。何も思いつかなかった。

個人的に映像を無料で配信するのは抵抗がある。理由は二つある。

一つは単純に作品の価値を下げたくないから。私の劇団も映像化したものをDVDとして販売したり、台本を売ったりしたことはある。過去に値段をつけたものを「世の中を明るくしたいから」ってだけで無料にするのは、果たして正しいだろうか?

ただでさえ「音楽」や「映画」の価値は下がり続けているのに。ネットで違法アップロードされたものを見て、平気で感想を言うやつがうじゃうじゃいる。

「違法に配信されたものは見ないでください」

そうやって声をあげていたのは、作品の価値を守りたかったからではないのか?それなのに無料で配信するというのはどうも自分は納得できない。

二つ目は演劇に関する話。演劇は何をどうやっても生の臨場感に勝ることは出来ない。同じ空間に鑑賞する人がいることを前提に作られているのだから。

自分の舞台をDVD化するときも、映像のプロを呼んで複数台のカメラで撮影した。様々なアングルの映像を編集し、映像での臨場感を演出した。それでも、劇場で観ている感覚には遠く及ばない。様々な事情で劇場に来ることが出来ない人もいる。そんなことを考えて映像化してきたが、劇場に来て欲しいのが大前提だった。

四月のはじめに新作「いつもの夜」の上演延期を決めた。私から演劇が取り上げられてから一か月が経とうとしている。

何人かのファンは「公演延期」の一報を聞いて、「残念」だとか「待ってます」と反応してくれた。

でもそれだけ。世間にとってはちっぽけな出来事。ニュースにもならなかった。

スマホを覗けば「大黒麻友子 卒業公演を延期」とある。どこかのアイドルが卒業を延期したことが大きく取り上げられている。そのニュースは数日消えず、SNSでもトレンド入り。私たちの演劇はこのアイドル一人に完敗しているんだ。

一瞬、悔しさで吐きそうになった。


つづく


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昨日深夜に#13(ホストの稲田くんの話)をあげました。まだ読んでない人、読んでね。

 


もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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