クラスター#3

氏名:小野寺もも(おのでら・もも)
年代:二十代
性別:女性
同居人:なし
職業:女優
日時:二〇二〇年四月二十三日


何度測っても体温は三十七度台より下がらなかった。倦怠感もある。ベッドで寝込みながら、なんとなくついていたテレビを見る。

「今日の東京の感染者数は……」

まさか……。自分がこの世間で流行っている病気だとは信じたくなかった。「熱」と「倦怠感」は間違いなくある。だけど、テレビで言われてる「咳」や「味覚症状」は無い。だからこれはたぶん風邪。そう言い聞かせていた。

しばらく寝ただろうか。もう夕方の五時を回っていた。

「そろそろ行かなきゃ」

咳はしていないから、周りから見ればいつもの私と変わらないだろう。私は重い体を起こして、着替えを始めた。

劇団青息吐息。演出家である道重進が立ち上げた劇団。公演をすればチケットはすぐに売り切れる、超がつく人気劇団。

私がそこのオーディションを受けたのは、去年の十月。事務所に直談判し、自らの意思でオーディションを受けに行った。

私は小さい頃役者になろうとは思わなかった。特別可愛いわけではないし、緊張しやすい性格。そんな私の人生が変わったのが、高校生のときだった。

友達に誘われて、なあなあで入部した演劇部。私は半分幽霊部員として活動していた。文化祭のときだけ手伝う感じ。平日は早く家に帰ってゲームをしたかった。

「この役をやってくれる人がどうしてもいないの」

私を誘った友達のセリフ。大会に出るために作った二人劇の片方が当然退部したらしい。それでもう私しか頼める人はいないとのことだった。

「今回だけね」

実際に舞台に立つことを考えると、中途半端な仕上がりだと目立ってしまう。周りから嫌なイメージがつくのだけは避けたかった。不本意ではあるが、真剣にセリフを覚えて真剣に演技のレッスンをした。

迎えた本番。お客さんが見ている。手汗が止まらない。

一瞬だけ記憶が飛んだ。私ってここまで緊張したのいつ以来だろう。考えても考えても思い出せない。そりゃ、ちょっとした緊張はたくさんあった。だけど、手に汗をかくくらい緊張したことってあったっけ。受験も確実に受かる高校にさらっと受かった。習い事もそろばんくらいで発表会をする機会なんて無かった。

ダメだ。こんなに緊張するの初めてだ。一つ目のセリフ。一つ目のセリフを言わなきゃ。その瞬間に私の中で今まで触られなかったスイッチがオンになった。

本番が終わる。顧問の先生が近寄る。

「小野寺さん、何あれ?」

「え?」

「稽古のときとまるで違うじゃない」

あとからビデオも確認したけれど、たしかに自分の演技は自分じゃないみたいだった。

「素晴らしかったよ」

顧問の先生に肩を叩かれる。

結局、私は何が何か分からないまま、優秀女優賞をもらった。生まれて初めて「賞」というものをもらった。

表彰されたこと。褒められたこと。そして、舞台の上でスイッチが入ったこと。あのすべてが脳裏に焼き付いて離れない。私は自然と演技の専門学校を選び、進んでいた。

あの日の感覚は決して「まぐれ」なんかでは無かった。私はスイッチが入れば、女優になれる。これは才能以外の何物でもなかった。セリフを覚えては吐きの繰り返し。公演を重ねるごとに周りからの評判は上がった。その勢いのまま専門学校を卒業。私は「女優」として生きるために芸能事務所に所属した。

それからも順調にキャリアを重ねた。映画やドラマのちょい役の仕事をもらい徐々に知名度をあげた。少しずつ役者のランクもあがり、仕事も増えた。

それと比例してネットで辛口なコメントを書かれることも増えた。

「こいつの何がいいのか分からない」

「最近よく見るけど可愛いか?」

「棒読み。ブサイク。○○のほうが可愛い」

「たいした演技もしないくせにごり押し女優が調子乗んなよ」

ムカつく。こいつらに何が分かるんだ。こいつらよりよっぽど才能はあるし、よっぽど稼いでる。どうしようもない奴らの悪口と思いやり過ごしていた。

しかし、この評判が広まり私の仕事は露骨に減った。信じられなかった。なんで?私は演技を見てほしいのに。いや、ひょっとすると見えない力か何かが働いているのだろうか。現実問題として女優の仕事は着実に減った。

いいだろう。だったら実力で仕事をつかみ取ってやるよ。私はありとあらゆる劇団のオーディションを調べ、一つの劇団に行きついた。


つづく


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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

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ただおもろいことをしたいだけです


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