クラスター#16

氏名:道重進(みちしげ・すすむ)
年代:四十代
性別:男性
同居人:なし
職業:演出家
日時:二〇二〇年五月一日


あの日「演劇を当たり前に」と息を巻いていたはずなのに。自分はいったいこの十年、二十年何をしていたんだ。

自分へのいら立ちが、さらに血迷わせてしまった。

私はこのとき、こう考えた。

このコロナの騒ぎが終わったときに、一番にエンターテイメントを提供しよう。誰よりも早く今までと全く同じかたちのエンターテイメントを見せつける。それで世間に「演劇」の力を見せつけるんだ。これが「演劇」だと大声で言うんだ。

「絶対にやる。得体のしれないウイルスなんかに負けてたまるか。いつそのときが来てもいいように準備は続ける」

そう劇団員に檄を飛ばした。自分にも聞こえるように。

結果、大規模なクラスターを起こしてしまった。発端は恐らく小野寺。主演を務める彼女は今、「合コンに参加していた」とバッシングの標的とされている。

その小野寺を含め、我々が複数人で稽古をしたのは事実。対策を怠っていたわけではない。マスク、フェイスシールドを着用のうえで、手指の殺菌と検温をしていた。

しかし、検温は各自でしてもらい、一覧表に記入するかたちを取っていた。というのも、非接触型の体温計が手に入らず、脇に挟むものを消毒して使っていた。報道によれば、稽古の日に小野寺は発熱があったらしい。つまり、微熱があるにも関わらず、それを隠していたということだ。

なぜ隠したのか。それについても世間は追求し、勝手に答えを出している。

今回の公演は、劇団青息吐息として、初めてダブルキャストを試みた。全く同じ役を小野寺と斎藤の二人で交互に上演する。

理由は単純で、オーディションのときに自分の作品に出演してもらいたい役者がたくさんいたからだ。他の役も二人以上候補があがった。悩んだ末に一度やってみるのもありかと思い、一部の役にダブルキャストを採用した。

ネットのニュースをあてにするのであれば、小野寺自身は女優の仕事が減っており、捨て身の覚悟でこの作品に挑んでいたんだとか。斎藤とのダブルキャストに本人も焦っており休まざるを得ない状況になったのではないか、と噂されている。

本当のことは本人しか分からない。だけど、そうさせてしまったのであれば、私にも責任はある。言い訳ではなく、私は本当に小野寺の演技力を買い、オーディションを合格させた。同じくらい斎藤の演技も素晴らしかった。それだけだった。

そんな私の気持ちや小野寺のコメントも無く、ネットではバッシングの嵐だった。当然、劇団にもバッシングは及んでいる。それが行きつく先は、あのときに稽古を強行した劇団代表である私だった。

これが紛れも無い私の今の実力だ。

世間一般に知られる名作を産み出していれば、もっと批判は少なかっただろう。

犯罪をしても、不倫しても、クスリをやっても「作品に罪は無いから」と第一線に復帰するミュージシャンはいっぱいいる。それがいいか悪いかは別として、素晴らしい作品があれば、世間の評価は変わる。

「緊急事態宣言下で稽古をした」という私の罪を軽くする作品や実績は無い。

世間の声をまとめるなら「演劇“なんか”がクラスターを発生させてるんじゃねえよ」ということなんだろう。

演劇だけをしていたい。演劇のことだけを考えていたい。

そのなれ果てがこれだ。小野寺の気持ちを汲み取ることが出来なかった。劇場で公演をする以外で、自分の存在を証明する手段が思い浮かばなかった。

何か一つに夢中になることが素晴らしい。夢を追うことが最高。そんなことが教科書にも書かれている時代。だけど、そんなことはない。違う世界のことも含め、誰よりも勉強しないといけない。そうしないと天下は取れない。

今、演劇を取り上げられてやっと気づいた。病院のベッドで寝ているだけにならないと気がつかなかった。

情けない。悔しい。勉強していれば、新型コロナだろうがどんな困難でも越えるアイデアが浮かんだはずなのに。あのときに何も思い浮かばなかったのは、自分の努力が不足していた以外何も無い。

私が人生をかけて「演劇を当たり前に」と誓っていた夢はまるで叶わず、あろうことか演劇に泥まで塗ってしまった。

これから私はまた演劇に携わることが出来るだろうか?そんなことを考える気力も無かった。
 

つづく


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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

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ただおもろいことをしたいだけです


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