クラスター#18

氏名:表玲人(おもて・れいと)
年代:十代
性別:男性
同居人:あり
職業:高校生
日時:二〇二〇年五月二十日


中村先輩は俺が一番尊敬している先輩だった。兄とも仲は良いが、歳がけっこう離れている。リトルリーグに初めて入ったときに声をかけてくれたのが一つ年上の中村先輩だった。

中村先輩はよっぽどのことがなければ、俺といるとき兄の話はしない。俺が兄に関する話題を嫌っているの察して、気を遣ってくれていた。そう言った優しいところが大好きで、休憩中や帰り道はいつも一緒だった。

中学校に入学したときも迷わず軟式野球部への入部を決めた。中村先輩と野球がしたいというのが大きな一つの理由だった。

中村先輩も俺と同じどこにでもいる平凡な野球少年。ポジションはキャッチャー。キャプテンシーがあり、俺のように慕っている後輩は多い。部内ではかなり野球がうまいほうで、レギュラーは常連だった。だけど決してプロに行くような逸材では無かった。

中村先輩は東京の公立高校に進んだ。そこの野球部は、数十年前は甲子園に何度か行ったことのある強豪だ。今は私立や他の高校の躍進もあって、地方大会では思うような成績を残せていない。

高校受験のことを真剣に考えていた時期、自分の学力から志望校は三つほどの選択肢に絞られた。そのなかに中村先輩のいる公立高校もあった。中村先輩に志望校を迷っていることを相談したときに、ボソっとこう言われた。

「また表と野球出来たら俺は嬉しいけどな」

嬉しかった。野球を続けるかどうかも迷っていたが、もうこれしかないと決断した。中村先輩のいる公立高校を自分も受験し、合格した。

高校の野球部はピッチャーが不足していた。チーム事情もあって、一年生から試合に出ることも多々あった。

二年生の夏。中村先輩の最後の夏。一つ上の代でショッキングな出来事が起きた。エースのピッチャーがケガをしてしまった。夏の地方予選への出場は絶望となった。

監督は代わりの背番号1に俺を指名した。レギュラーである背番号一桁の人は俺以外全員三年生。あまりに荷が重く、監督に「背番号1はやめてほしい」と直接言おうか悩むくらいだった。せめて1番は三年生に譲りたいと思っていた。

そんな俺の様子を見て中村先輩から呼び出しをした。二人きりで話がしたい。励まされるのかなと思った。

いざ行ってみると、中村先輩は説教を始めた。長い付き合いになるが、ここまで怒られたのは初めてだった。

「お前がくよくよしてどうする」

エースの離脱でチームは緊急事態。大会を前にしてバラバラになりそうになってる。それを救えるのはお前しかいない。説教というより、活をいれられた感じだった。

先輩たちのために。

その日から空いている時間は全て野球の練習に費やした。大会まで残り少ない時間ではあったが、練習をしないと気が済まなかった。

始まった最後の大会。今思えば、とんでもなく神がかっていたと思う。チームは二十年ぶりにベスト4進出。俺は連日の連投だったが、疲れる暇も無かった。

勝ちたいとか、有名になりたいとか、そんな気持ちは一切無い。先輩たちと一秒でも長く野球がしたい。

周りは「甲子園出場もある」とOBなどが大騒ぎを始めた。地方大会にも関わらず、客席はうちの高校のスタンドだけ満員。周囲の期待は最高潮に達した。

準決勝の相手は去年甲子園出場を決めた、超強豪校との対戦だった。それでも負けなかった。投打が噛み合い快勝。まぐれでも嬉しかった。

そして甲子園出場をかけた大一番。決勝戦でも俺はマウンドにあがった。ここまで全試合一人で投げ抜いて来た。それでも腕を振り続けた。

同点のまま迎えた九回裏。先攻だったうちのチームが勝つには、この回を守って延長戦に入らないといけない。

相手も土壇場の粘りを見せる。なんとかツーアウトまでこぎつけたが、そこからつながれて満塁にされてしまった。

大丈夫。今の自分なら抑えられる。中村先輩のミットをめがけて全力で投げるだけ。

フルカウントになった。あの瞬間、急に魔法が途切れた感覚に襲われた。

最後のストレートはすっぽ抜け。ワンバウンドしてしまう。押し出し。サヨナラ負け。俺たちの夏が終わった。

試合終了から俺はずっと謝り続けた。申し訳無かった。最後の試合の敗北を決めたのは自分。その責任が重くのしかかった。

先輩たちは俺をかばった。中村先輩は最後こう言った。

「表。絶対に来年甲子園に行ってくれ」

次の夏で人生で野球をするのは最後になるだろう。あと一年だけ。俺のせいで負けてしまった先輩たちのためにも。中村先輩のためにも。あと一年だけやってやろう。

二十、三十になったときに本気で野球に取り組むイメージなんてまるで出来ない。もう今年が最後。最後に絶対に最高の結果を出す。それを中村先輩に報告する。

そのモチベーションでやっている。だから「プロ目指さないの?」とか「大学でも続けないの?」なんて質問は自分にとってくだらないものだった。

甲子園に行ければいい。あとのことはどうでもいい。その覚悟で朝も夜も練習してきた。

それなのに。

今日、高野連は今年の全国高等学校野球選手権大会の中止を発表した。夏の甲子園が無くなった。

覚悟はしていた。春の選抜も無くなった。この調子だと、夏も無いのではないか。誰もがそう思っていた。ただこうして正式に発表されると、大きな絶望感があった。

こんなこと声に出して言えないけれど、はっきり言って騒ぎすぎだ。世間もそうだし、メディアもそう。

兄が感染した。病院で隔離され、治療を受けた。昨日、退院し自宅に戻ってきた。兄はほとんど無症状。肉体的なダメージは一切無かった。

毎年インフルエンザは流行している。それと何が違う?薬が無いってだけ。犠牲者のことを思うと辛い気持ちにはなるが、そんなこと言い出したらキリがない。

恐ろしい病気だと騒ぐから、国民が異常に怯える。医療従事者も疲労する。絶対に何かがおかしい。こんなに騒ぐ必要なんて無い。

夏の甲子園だって、無観客でやればいいと思う。どうせ感染が広がっても若い人しかいない。俺たちの自己責任でやらせてくれたっていいじゃないか。

兄が合コンをしたことはもちろん知っている。兄だって、仕事がままならない状態で精神的に参っていた。いけないことだったかもしれない。それでも世間のバッシングはあまりにも異常だ。

「こいつは今年試合に出場させるな」

そんなこと言い出すやつもいる。もう何から何まで納得いかない。ご飯に行ったことがそこまで悪いことなのか?

将来に期待がもてる人を異常に持ち上げ、悪いことをした人を異常に叩く。世間はだいたいそう。

いったい何のためにあんなに練習したんだろう。全部無駄だった。

俺の気持ちなんてどうでもいいんだ。俺がどんな練習をしてきたか、どんな気持ちで部活動に取り組んでいたかなんてどうでもいい。

世間は俺たちのことなんて「美談」の材料にしか思っていない。

大勢が「ウイルスが怖い」と言えば怖がり、大勢が「かわいそう」といえばかわいそうと言い張る。どうせまた夏の甲子園中止で、俺みたいな努力が無駄になった人がネットニュースにされる。それに対して、世間がああだこうだ言うんだろう。

そこに俺たちへの思いやりとかは無い。自分たちにとって気持ち良ければそれでいい。大勢と同じ意見であることが気持ちいい。そんだけ。

コロナだから自粛しましょう。これだって周りがそうしてるから、自分もそうしてるだけ。理由をはっきり言える人なんてほんの少しだ。

明確な理由があって「野球がしたい」と言う俺一人。特に理由も無く「みんな我慢してるから我慢しよう」って言う世間の人大勢。人数が多いから、後者が世間の声になる。

クソが。

このやり場のない怒りはコロナウイルスに向いてるわけではない。異常に騒ぐ世間に向いていた。
 

つづく


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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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