氏名:船田一徹(ふなだ・いってつ)
年代:五十代
性別:男性
同居人:あり
職業:飲食店経営
日時:二〇二〇年四月二十八日
「店を閉じようと思ってる」
二〇一九年二月。私は妻にそう切り出した。
父親である船田茂が創業した「船田屋」。新鮮な魚介や豊富な日本酒が売りの居酒屋だ。
この小さな居酒屋は東京の下町でひっそりと営業している。私は幼少期から店の厨房に立つ父親の姿を見て育った。中学生くらいになると、店の手伝いもした。
やらされていたわけではない。父親はこういう世代の親父にありがちな頑固者ではなく、優しい人柄だった。父親のことは好きだったし、そんな父親と一緒にいるのが楽しくて店の手伝いもしていた。
高校生になって、自然と自分も料理人になることを意識し始めた。父親みたいな料理人になりたい。そう思い、調理の専門学校へ進学した。
そこをあと半年で卒業するというときだった。父親から「大事な話がある」と言われ、二人きりで話した。
父親は病を患っており、治療が必要であることを告白した。ギリギリまで厨房には立つつもりだが、もう長くはこの仕事を続けることが出来ない。もし希望するのであれば、息子である私にお店を継がせたいと思っている。そういう話だった。
驚いた。私が見る限り父親はまだまだ元気でお店も続くと思っていたからだ。私は何かしら料理に携わる職業に就職しようと考えていた。父親の店を継ぐなんて考えたこともなかったし、あるとしてももっと先だと思っていた。
悩んだ末に私は「船田屋」を受け継いだ。父親に継ぐ、二代目店主として。
はじめは父親に店のあれこれを教えてもらいながら店主を務めた。だけど、私が店主となってから父親と一緒に働いた時間はあまりに短かった。
店を継ぐ話をしてもらってからたった半年。父親は他界した。あとから聞いた話だが、病はかなり重いもので、店に立っているのがやっとだったらしい。それでも、お店に来てくれる常連客と私たち家族のために限界まで厨房に立ち続けた。
お葬式には見たことないぐらいの人が参列した。見たことある常連客もいた。「こんなにもお父さんは愛されていたのか」と泣いたことを強烈に覚えている。
二十二歳。店の経営をするにはあまりにも若すぎる。父親にも教えてもらってないことは山ほどあった。不安は数えきれないほどあった。でもこの「船田屋」を続けるのは私しか出来ない。父親のために覚悟を決めて、私は「船田屋」を続けた。
優しい父親の周りには、優しい人が集まる。お客さんや他の飲食店経営者の方々のおかげで、なんとか二代目を務めることが出来た。
二十代は店を回すので精一杯だったが、三十歳で今の妻と結婚。一人の男の子にも恵まれた。
波乱万丈ではあったがうまくいっている人生。周りに恵まれた幸せな日々だった。それが少しずつ曇り始める。
外食業界はチェーン店が勢力をぐんぐん伸ばし始めた。常連客も歳を重ね、高齢となって店を離れていく。少しずつ「船田屋」は客足が減った。
はじめはそこまで重く受け止めていなかった。あんなに若かったときに店を切り盛りした過去がある。たいていのことはなんとかなる、と甘えていた部分があった。
店はいつからか赤字が出始める。見て見ぬふりをして料理を作り続けたが、ついに借金をすることになった。気が付いたら、借金は二百万まで増えていた。
息子は高二。料理人の道には進まず、四年制大学への進学を考えている。学費のことも考えなければいけない。
情けなかった。この歳になって、自分は「料理を作る」ことしか能がない。なんとかなると勘違いしていたが、今思えばなんとかしてくれたのはいつだって周りの人。自分は何も出来ない。
このまま借金を増やせば家族に迷惑をかけてしまう。もう私に店を続ける資格などない。
その全てを妻に話した。妻は号泣した。何度も「力になれなくてごめん」と謝った。妻は息子のことで精一杯で、私のことは二の次にしてしまっていたと自分を責めた。
そんなことはない。自分が悪い。そう私が言っても、妻は首を横に振るだけ。二人で何時間も涙を流した。
散々泣いたあとに妻はこう言い切った。
「私はあなたが料理をつくる姿に惚れたの。だから、店は絶対に辞めないでほしい」
つづく
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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います
まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません
書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います
それでも良ければ、読んでください
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