クラスター#25

氏名:斎藤知奈美
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:女優
日時:二〇二〇年六月五日


「結婚してください」

去年の夏。プロポーズされた。

寺島建。私と同じ俳優。ドラマの共演で知り合った。

付き合い始めたのは三年くらい前。相手から「お付き合いしてください」と言われた。このときは正直かなり迷った。私は仕事を優先したかったから。

十八歳のときに女優デビュー。高校卒業後は女優業に専念した。ライバルはいくらでもいる。私に恋愛なんてしてる暇あるだろうか。そこが心配だった。

正直にそう言った。すると彼はこう返した。

「俺のことは優先してくれなくてもいいから。俺は知奈美を一番に優先する」

建はいわゆる「イケメン俳優」。甘いルックスで女性ファンも多い。そんな彼が言った、このセリフ。自分に自信がある人にしか言えないセリフだなって思った。

結局、私は建と付き合うことにした。人生でこんなイケメンと付き合える機会なんて無いって下心が勝ってしまった。

建は宣言通り、私に尽くしてくれた。どんなに仕事が忙しくても、こまめに連絡をくれた。お互いまだまだ端くれだけど芸能人。世間に交際がバレないようにも配慮してくれた。

建も私も仕事は順風満帆とはいかなかった。お互い食っていくお金はあるけれど、なかなか役のランクが上がらない。同期や年下が主演を務めているのを見て、私はかなり焦っていた。

そんなときに建は大役が決まった。民放の連ドラの三番手の役。ドラマはゴールデンタイムの放送。もしこのドラマがはねれば、一気に人気俳優になれる。千載一遇のチャンスだった。

それが決まってから数日後。彼はプロポーズした。

いや……。女性として、建の彼女として、プロポーズは嬉しかった。結婚願望はあったし、建とならこれからもやっていける気はしていた。

だけど、今じゃないでしょ。まだ役が決まっただけ。視聴率が伸びずに大コケする可能性だってある。彼にとっては一世一代のプロポーズかもしれない。でも私には浮足立っているようにしか見えなかった。

「まだ早いんじゃない?」

告白されたときと同じように、私は正直に自分の気持ちを伝える。

すると彼は通帳を取り出した。そこには五百万円の貯金があった。

「知奈美との結婚ために貯金した」

そうか。彼は本気なんだ。

お金で「うん」と言うのも悪い感じだけど、彼の本気を知ることが出来た。私は彼との結婚を決めた。

そこからすぐに同棲を始めた。二人で不動産屋を周り、部屋を決めた。

両親への挨拶や事務所への報告、そして世間への発表。しっかり一つ一つをこなし、正式に籍を入れた。

不思議なことに、籍を入れると建の仕事も私の仕事も順調になる。

以前受けた劇団のオーディションに合格。主演の座を射止めた。ダブルキャストでの上演だったが、私は別にそこまで気にしなかった。初めて「主演」というものになれただけでも、感激だった。

「結婚式したいよね?」

「うん」

二〇二〇年四月十九日。私たちの結婚式の予定が入った。日にちに特に意味は無かった。たまたま二人の予定が空いていただけ。

人生に一回であろう晴れの舞台。この日がとにかく待ち遠しく、いいモチベーションとなって仕事にも熱が入った。

お互い忙しく、同棲している家で二人で過ごす時間も少なかった。けれど、全然平気。彼となら永遠に一緒にいられると信じていたし、結婚することへのネガティブな気持ちは一切なかった。

コロナになるまでは。

三月。日本で感染者が出たというニュースが出た。その一週間後には、日本で感染者が増えた。人が集まるイベントは次々に中止になった。

はじめに影響が出たのは仕事。

建が三番手を務めるドラマが撮影中止となった。本来なら四月から始まる予定だったが、無期限の延期が決まった。その他、全ての仕事がストップ。ドラマの開始に合わせて、番宣でバラエティに出る予定も全て白紙となった。

私の主演も延期。舞台なんて出来るはずも無かった。稽古はしばらく続いたけれど、収入となる仕事はまるで無くなった。

仕事の影響がどんどん広がると同時に、私たちは大きな問題に直面する。そう結婚式だ。

友達への招待もすでに完了していた。あとは本番をやるだけ。全ての準備は出来ているのに。

私は当然やりたかった。また友達を招待からやり直さなきゃいけないのはかなり手間がかかる。それにもう結婚式をしたい気持ちが抑えられなかった。この日のためにダイエットもしたのに。

そんな個人のワガママは通用するわけがなかった。


つづく


~~~~~~~~~~~~~~~


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クラスター#24

氏名:影山春子(かげやま・はるこ)
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:教員
日時:二〇二〇年六月一日


私が先生になった理由は子どもが好きだから。未来のある子どもたちと話していると、自分も元気が出る。

今のこの景色が見られれば、先生をやる価値は自分のなかに生まれる。そう思っていた。

「黒木やっぱり来てねえな」

「あいつ父さんのせいにしてたけど、どうせ遊びに行ったんだろ?」

「〇〇ちゃんとカラオケ行ったらしいよ」

幸いうちのクラスは一人を除いて全員出席した。体調が悪い生徒や登校を拒否する生徒はいなかった。ただ一人を除いて。

黒木結芽。元気な女の子。友達も多そうだったし、授業態度も真面目。あの子が感染したことを最初に知ったのは校長からの電話だった。

そのあと事態はどんどん悪化していく。結芽ちゃんの感染はどうもお父さんが原因らしい。結芽ちゃんのお父さんが芸人をしていることは有名で、学校で知らない人はいなかった。

噂によると、離婚して出ていったお母さんの分まで家のことをしているらしい。結芽ちゃんは持ち前の明るい性格でクラスでも人気者。家庭が大変と弱みを見せることもなかったし、「お父さんが芸人だから……」といじられるような様子も無かった。

「親が芸能人なら私立行けばいいのにな」

「あいつの父さんのネタで笑ったこと無いわ」

「だいたいあんまりああいう感じの子、好きじゃないんよね」

「わかる!おっきい声出してるだけで、大したこと言ってないよね」

「てかさてかさ、そんなに可愛くなくね?」

私が知らなかっただけで、いじめられてたのかな?それは違う気がする。気がするというより、言い切れるくらい自信がある。

去年まではクラスの人気者だった。みんなが好きか嫌いかまでは分からないけれど、こんなことを言われることは無かったはず。

それがコロナにかかったから、こうなった。

「結芽ちゃんは悪くないよ」

そんなこと誰も言わない。思っている子はいるはずなのに、そう言えないんだ。

あの時期に合コンなんてした人は最低で、その娘も最低。それを違うと言えば、そいつも最低。最低なやつは悪口を言っていい。

そんなわけない。生徒の悪口なんて言っちゃダメ。これはイジメ。

「ちょっとそこ。言い過ぎ」

私は注意をする。

「え、じゃあ先生、あいつが教室来てウイルスばらまいてもいいんですか?」

「…………」

クラスターだ!」

生徒たちはゲラゲラ笑っている。

怒っている。自分は今間違いなく怒っている。だけど、この怒りをなんて言葉で表現していいのか分からない。

「え?先生泣いてる?」

「おい、こいつ先生泣かした!」

私は思わず教室を出た。泣いていたのは本当だった。

教室を出たところで、どこへ向かう?どうせまたあとで授業しに行くのに。

職員室に帰ったところで、大人が悪口を言っている。

「ババアの都知事の言うことなんて聞いてられっか」

家に帰ったところで、テレビが悪口を言っている。

「今の政府のままでは、この国は滅びます」

「学校はこれを機会にオンライン授業に切り替えるべきです」

私には悪口に聞こえる。そんなの言うのは簡単じゃん。ズルいよ。

スマホを見たところで、ネットは悪口で溢れている。

「合コンしてた芸能人がテレビに出ているのがありえない」

「平和ボケしてる国なんだから。このまま感染爆発させて一回、痛い目にあえばいい」

「なんでもいいから十万円ちょうだい」

あの人はそんなこと言う人じゃなかったのに。あの人はそんなこと言われる人じゃなかったのに。

「くーみんとかいうモデルが悪い」

「安達総理大臣は辞めろ」

「中国人がクソなだけじゃん」

終われ終われ終われ終われ。早くコロナ終われ。

普通に授業して、普通に部活をして、普通に職員室で作業していたあのときに戻れ。

くだらないことで笑っていた生徒たちに戻れ。授業のことだけを考えていた先生に戻れ。何も考えずに笑えたテレビに戻れ。

このままだと私がつぶれてしまう。先生を辞めたくなる。人を信じられなくなる。

早くコロナ終われ。私の願いはそれだけ。


つづく


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クラスター#23

氏名:影山春子(かげやま・はるこ)
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:教員
日時:二〇二〇年六月一日


教室に机に、たくさんの生徒。この景色は三か月ぶりだったが、体感はそれ以上のものだった。

六月一日。今日から公立の学校が再開した。

私個人の感情としては嬉しかった。家にいるとまるで「無職」なんじゃないかと自分を疑ってしまう。実際は「有給」扱いで、社会人、公務員として最低限の給料は保証されている。それでも仕事が無いのはそわそわして不安だった。

「六月から再開します」

そう聞いたときは、ホッとしている自分がいた。

だけど、それはほんの一瞬。現実は問題が山積みで考えるだけで頭が痛くなる。

三か月期間の空いた分の授業をどうやって補うのだろうか。修学旅行は無くなるのだろうか。部活はいつになったらできるのだろうか。そんなのばっかり。

はっきり言うと一番しんどいのは、周りの人間の言葉だ。

例えば、部活。これは先生によって言い分が変わる。

「生徒たちのためを思えば、絶対に今すぐ再開させるべきです。彼らは二年間ほぼ毎日練習を積み重ねてきたんですから」

これは体育の先生の意見。陸上部の顧問で、練習も厳しいって評判。一言で片づければ「熱い」のが特徴。先生や生徒からの評価も両極端に別れる。「全力で教えてくれるから好き」って人と「うるさくてウザい」って人。そんな感じ。

私はどちらかと言えば後者かもしれない。「ウザい」とまでは言わないが、自分とは住んでいる世界が違う。体育会系と文化系の違いなんだろうか。シンプルに馬が合わない。

とはいえ、尊敬はしている。あれだけ毎日体育の授業をこなし、そのうえで部活にも全力を注いでいる。平日は朝練に付き合い、夜遅くまで職員室で作業。土日は部活の大会や練習に付き添い。おまけに学年主任。この人はいつ寝てるんだと正直思っている。

「ただでさえ授業もギリギリでやれているのに、部活なんてやれるわけありません」

その熱い意見を、国語のベテラン女教師が冷たくいなす。この人はこの人で厳しい先生。はっきり言って生徒からはかなり嫌われている。「課題が多すぎる」「板書が多すぎる」「テストが難しすぎる」生徒からはだいたいそんなイメージ。

これもまた私もあまり好きではない。実際にテストを見せてもらったが、百点満点のテストで八十問近く出していた。周りの先生が「さすがにこれは……」と言うと、「国語が出来ないと他の教科も出来なくなります。このくらい出来て当然です」と言い放つ。何もそこまでと心の中で思っていた。

同じことを繰り返すが、この人も尊敬はしている。ちゃんと自分にも厳しいからだ。この人は「嫌われ役」を全うしている。そのうえで生徒のことを考えている。これぞ教師のあるべき姿なのかもしれない。

「じゃああの子たちの今までやってきたこと否定するんですか?」

「そんなことは言ってません。学校は勉強する場所なので、どうしても学業を優先しないといけないって話をしているんです」

「でも、毎日勉強だけなんてあまりにも可哀そうじゃないですか」

「部活なんてやったら、すぐに「密」が発生します」

五月に「学校が再開します」ってなったあとの職員会議。この二人がヒートアップして、議論をしていた。

私はどちらの言い分も理解はできる。どっちが正しいと言い切る自信は無かった。

ただ私が信じられなかったのが、このあと。他の先生が意見を求められ、口を開く。

「そもそも部活なんていらない」

「学校に勉強しに来てるやつなんていない」

そんなことを平気で言う先生がいた。そういう言葉を聞くのが辛かった。

テレビを見ていてもそう。内容の是非はともかくとして、そんな言い方したら周りがどう思うか考えてないやつが多すぎる。

感染した芸能人のニュース。合コンを開いた芸能人に対して辛辣なコメントをするタレントがいっぱいいた。

「そもそもこいつは昔から礼儀がなってなかった」

ベテランのタレントが毒を吐く。

これが私は見てられなかった。ずるいじゃん!後出しじゃん!「実はこいつあんまり好きじゃないんだよね」ってテレビで堂々と言えるなんておかしいと思う。

「野球やサッカーなんて、無くても困らない」

「飲み会の雰囲気が苦手だから、ずっとコロナのままだったらいいのに」

「学校が休校になっても勉強するやつはするから大して問題じゃない」

昔から自分の意見を言うのが苦手だった。すぐに周りに流されるタイプ。そんな自分を変えようと何度も努力したが無理だった。だから、自分の信頼できる人の言うことを聞いて生きようと思った。

過激な意見を言う人とは、自然に距離を取るようになってしまった。「好き」「嫌い」をはっきり言う人が苦手。類は友を呼ぶのか、私の周りは穏やかな人が多かった。

だけどみんな心の奥に秘めたる本音があって、それを隠している。それがこのコロナ禍で明るみになった気がする。

「大庭都知事がもっとちゃんと行動とかを指示しないといけない」

「安達総理大臣がもたもたしてるから、感染が広がったんだ」

「そもそも日本人の意識が低すぎる」

ツイッターにそんな文字が並ぶ。こないだまで見ているドラマの実況とか飼ってるネコの写真とかあげてたのに。私は一人一人をブロックしていた。

SNSは自己責任。嫌ならやらなきゃいい。そもそもネットにいる人を信用しちゃいけないんだ。

「部活って意味ありますか?」

「学校なんて行かなくても立派な人はいますから」

今目の前にいるリアルな大人たちが言う言葉。これは避けられない。

「〇〇事件で不正していた総理大臣の言うことなんて信用できないでしょ」

「元々力が無かった人が緊急事態になってメッキがはがれただけ」

「大庭なんていうババアに俺たち教師の気持ちなんて分かるわけないんっすよ」

私の周りは信頼できる人がいっぱいいるはずだったのに。

気持ちは分かる。いいこと一つもない世の中で、自分たちも「学校なんてやるのか」と言われる身。ストレスもたまるいっぽうだし、これから先の未来も明るくない。

だけど、言っていいこととダメなことってあると思う。


つづく


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クラスター#22

氏名:浜田瞬(はまだ・しゅん)
年代:二十代
性別:男性
同居人:あり
職業:社長
日時:二〇二〇年四月二十八日


私の勝ち組人生が崩れ始めたのは四月二十七日。久美からの着信だった。

「瞬、ごめん。本当にごめん」

新型コロナ陽性の報告だった。テレワークで自宅にいた私は驚いた。今朝までかなり元気そうだったのに。

久美の仕事中に保健所から連絡があり、そのまま病院へ直行。検査の結果、陽性が確認されたらしい。

この疫病が流行っているのは、当然知っている。かかる人はいつかはかかる。仕方のないことだ。

「体、大丈夫?」

私は体調を気遣う。そのあとも、そんなに気に病まないように励ました。

だけど、彼女の返事はどこかぎこちなかった。

「瞬のこと、黙っておくから」

私と久美が交際していることは世間には知られていない。久美は私のために黙秘をしてくれるらしい。悪いことをしている自覚はあったが、自分に症状は無かったので、彼女のやり方に従った。

今思えば無駄なやり取りだった。すぐに久美の行動は明らかになる。同時にさっきの電話の久実がぎこちなかった理由も分かった。

久美を含む四人の男女が会食をしていたことが明らかになった。ネットでその一報が流れると、テレビでも各局取り上げ始めた。

何をどう考えても合コン。私との交際を公にしていないのをいいことに、久美は私の知らないところで合コンしていたということだ。

ここまではまだ許せた。もちろんショックとか怒りは多少はあった。だけど、彼女のテレビでのキャラクター的に仕事上の付き合いは仕方のないことだろう。いわゆる「不倫」よりも、どちらかと言えば、あの緊急事態宣言下で会食をしたことの方に怒っていた。

「起こってしまったことは仕方ないから」

今私が怒鳴っても彼女を余計に悲しませてしまうだけ。私は冷静に励まし続けた。それでも、彼女の返事は歯切れが悪かった。

翌日、二十八日。

私は朝早くから病院に向かった。久美との同棲が世間に知られるのも時間の問題だろう。いずれ私にも新型コロナ感染の疑いがかかる。同じベッドで寝たんだから、私も陽性の可能性が極めて高い。

私はそわそわしながらスマホを定期的にチェックした。いつ私の名前が出るのか……。

そんな私をあざ笑うかのような記事がネットニュースに出た。

原田久美がホストクラブに出入りしていたという内容だった。

目を疑った。別の人かと思った。何度読んでも、私と一緒に生活をしている「原田久美」だ。

その記事は久美の行動履歴を詳細に書いている。当然、私の家にいたことも書かれていた。だけど、世間はそれには目もくれない。それ以上にホストクラブに出入りしていたことのほうが、インパクトが大きかったからだ。

久美ははじめ合コンの事実を隠していた。それが表とか言う野球選手によって、暴露されてしまった。それでも私のことを含め黙秘を続けていたが、それを見かねた保健所がスマホなどを押収。観念した久美は全てを告白した。

そしてホストクラブの出入りが明るみになった。記事が正しければ、久美は常連客で四月二十二日にも訪問。朝方まで飲み明かし、クラブ内で仮眠を取って帰宅した。

「月に一回、事務所の飲み会がある。社長も来るから、断れない」

私にはそう言っていた。この日も事務所の飲み会のはず。朝帰りしても「ごめんね、ごはん作れなくて」と言い残して、私を見送っていた。あれも全部嘘だったのか。

ちょっと待て。息が荒くなるほど動転している。

あいつ。騙したな。

私はスマホで久美に電話をかける。

「ただいまおかけになった電話番号は……」

LINEもダメ。今すぐに連絡できなくなっていた。

電話が繋がらないということは……。

私は思い当たる銀行に電話をかける。残高照会するためだ。久美は私の金を使って、ホストで遊んでいたのではなかろうか。

二つ目の銀行で悪い予感は的中する。

数億はあったはずの口座が数百万に減っていた。しばらく使っていない口座をあたったが、二つ目でビンゴ。私が持っている口座に数百万しか入ってないものなど無い。

電話は相変わらず繋がらない。こいつ馬鹿か?逃げ切れるとでも思っているのか?立派な犯罪だぞ?

そんなことより、自分の情けなさの気持ちが大きくなる。

この私がこんな簡単なハニートラップに引っかかるとはな。目の前の幸せに目がくらんでしまった。

「浜田様」

防備を施した医師が入ってくる。検査結果を知らせに来てくれたみたいだ。

「陽性でした」

……許さねえ。金奪い取って、病気まで押し付けてきやがった。

完璧だったのに。誰もが羨む勝ち組人生だったのに。私としたことがこんな凡ミスをするなんて。

覚えてろよ、あのクソ女。


つづく


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クラスター#21

氏名:浜田瞬(はまだ・しゅん)
年代:二十代
性別:男性
同居人:あり
職業:社長
日時:二〇二〇年四月二十八日


ほんの数日前まで、私は最高の人生を送っていた。

中学受験で第一志望校に合格。中高一貫校でエリート教育。大学も私立大学では最高峰の大学に合格した。

四年生のときに就職活動を開始。だけど、すぐに馬鹿馬鹿しくてやめた。私には向いてない。社会の歯車なんて私には役不足だ。

結局、大学卒業後すぐに起業した。健康器具を販売する会社だった。

私の自信は間違っていなかった。会社はすぐに軌道に乗り、利益は右肩上がりに増えた。

二十代にしてこの成功。周りは誰もが羨んだ。

大学のとき散々馬鹿にしてきたあいつが「お前はやると思ったよ」って手のひらを返す。そして甘い蜜を吸おうと「何か手伝おうか?」とかほざきやがる。私はそれを既読無視する。すると必ず「なんで無視するんだよ」と連投してくる。それが愉快でたまらなかった。

メディアの取材にも引っ張りだこだった。テレビ、雑誌、新聞……。もうこの世の媒体全てに出尽くしたと思う。

乗りに乗った私はオンラインサロンを開設。今では日本四位の会員数。みんな同じような質問をしてくる。私は同じような解答をする。「さすがです」と褒められる。それで月九百八十円。

これだよこれ。私ほどのカリスマ性があれば、この程度の仕事で一般市民の年収を一時間で稼げる。これが私の思い描いてた人生そのものだった。

富と名誉。これをこの若さで手に入れた。

それでも上には上がいる。自分の人生のランクが上がるにつれて、周りの人物のランクもあがる。あのSNSでお金をばらまいている社長なんかとも知り合いになった。

まだまだこれからだ。夢は野球かサッカーのチームを経営すること。そのためにやらなきゃいけないことは山ほどある。

そんな自分を愛してくれる女性がいた。

原田久美。くーみんの愛称で親しまれているモデルだ。

私は彼女と同棲している。二年ほど前にテレビ局で知り合った。本当に人懐っこい人柄で私にも丁寧にあいさつをしてくれた。

このときの私は最低そのものだった。私はそこまで本気の恋愛に興味が無く、いわゆる遊び人だった。

直感でこの子も「いける」と感じた。

「良かったらご飯でも行きませんか?」

「是非!」

ホイホイついてきた久美を高級レストランに連れていく。あっという間に酔っぱらい自分のペースに持ち込めた。こうなれば、もう私のものだ。

結局、芸能人御用達のホテルに連れ込み、一晩を共にした。翌朝「ありがとね」と別れた。

相手もそれだけの関係と分かっている、そう思っていた。モデルとは何人か夜を共にしたが、だいたい一回こっきり。久美もどっかで私のあることないことしゃべるんだろう。

ところが、久美は「もう一度会いたい」としつこくせがんできた。めんどくせえ。週刊誌にでも売るんだろうか。全く会いたいと思わない。

だけどあまりにもしつこかったので、私は再び食事をした。

そのときに久美の方から告白された。

驚いた。告白なんていつぶりだろうか。はっきり言ってモテる人生ではあった。だけど昔から「尖ってるやつ」と思われて、恋愛は長続きしなかった。誰と付き合ったか覚えていないが、一年も続いたことが無い。いや半年も無いかもしれない。学生時代は最初はすぐに女性にたかられたが、次第に恋愛に持ち込む女性は消えていった。悪い噂が流れていたんだろう。

会社を立ち上げてからも、私はいい噂は流れていないはず。公には「結婚は考えてない」「恋愛する暇がない」と半分本気半分冗談で答えている。だから、私に寄ってくる女性は全員自慢話の種にしたいだけ。私と本気で恋愛しようなんて人はいないと思っていた。

それがどうだ。久美は私の目を見て、本気で告白をしてきた。「好きです」とシンプルにはっきりと言い切った。

おもしろい。私はオッケーした。断る理由も無かったし、どうせすぐに相手が飽きるだろうと思ったからだ。

好みのタイプではないが、世間的に見ればかなりの美女。これが彼女となれば、もう私に不足しているものは無い。勝ち組だ。圧倒的に勝ち組だ。

その日から久美は毎日のように連絡をしてきた。

「いつ空いてる?」

「ごはんだけでもいいよ?」

二割「可愛い」八割「面倒くさい」の気持ちで、返したり返さなかったりした。時間が空いたときにたまに会う。

久美は私の気持ちも知らずに、かなり尽くしてくれた。いつ作ったのか分からない弁当をくれたり、私が手荒れで悩んでいると知ったらハンドクリームをくれたりと、何から何まで私を思ってくれた。

「ねえ、私、瞬と一緒に暮らしたい」

ある日、どこかのホテルで言われた。これだけ彼女に尽くしてもらっている。もう引けなかった。

私の住むタワーマンションで彼女と生活するようになった。彼女もモデルの仕事は忙しい。それでも作れるときは必ずご飯を作ってくれる。家事は全てやってくれる。

次第に私も愛情が湧いた。過去の自分が最低だと反省した。私には彼女しかいないんだ。そして、彼女も私しかいない。彼女がいれば、私の未来は明るい。

隣で眠る久美を抱きしめる。

「なによ」

久美は恥ずかしがりながらも、そっと私の手を受け入れる。

「愛してるよ」

「私も」

そっとキスをした。

このキスが、のちに惨劇を起こすとも知らずに。


つづく


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質問箱まで

本来は匿名で質問を送ることの出来るツールですが、僕は一方通行のメッセージを送るツールとしても使っています

これを使えば、どんなメッセージでも完全に匿名で送ることが出来ます

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クラスター#20

氏名:角中美紀(かくなか・みのり)
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:大学生
日時:二〇二〇年五月二日


……嘘であって欲しかった。信じられない。

あんなに元気だったのに、コロナウイルスに命を奪われるなんて。そう思った。

違った。

「飛び降りたの」

船田さんは新型コロナ感染で病院に入院していた。その間も絶え間なくクレームが来ていた。

「なぜ営業を続けた」

「うちだって赤字だけど自粛しているのに」

「飲食店をやる人として恥ずかしくないのか」

私と同じように、船田さん個人の携帯番号を特定され、このような罵詈雑言を浴びせられたらしい。船田さんはその全てを受け止め、一つ一つ謝罪をしていた。

智子さんも「そんなに責めなくてもいいよ」と何度も言ったものの、本人は「私のせい」と一人で責任を背負った。それ以上はどうすることも出来なかった。

今日、早朝に病院に出勤した医師が病棟の下で倒れている船田さんを発見した。船田さんは五階の病室に入院しており、その階から飛び降りたと見られている。

遺書も入院していた病室から発見された。ずっとずっと「申し訳ない」とただただ書いていたらしい。「見せてもらえますか?」と恐る恐る聞いたが、これは私以外の人には見せられないと断られてしまった。

「すべて私が悪いです。表怜音さんも小野寺ももさんも原田久美さんも黒木匠さんも悪くありません。店を営業した自分が悪いです」

少しだけ教えてくれたが、こんな内容だったとのこと。当然、私のこともかばってくれた。

あの四人と私だけなら、船田さんも思いとどまってくれたかもしれない。だけど、日に日に報道はエスカレートしている。

劇団で大規模クラスターが発生。プロ野球選手が極秘練習し、それに参加した選手が感染。あの四人からどんどん感染が広がっている。

あの日に自分が店をやっていなければ、と船田さんは苦しんだのだろう。

シーツは涙でびっしょりになった。泣いても泣き足りなかった。

死んじゃダメだよ、船田さん。それだけはダメ。そんなことが起こっちゃいけないのに。

船田さんが店を休業したところで、あの四人は違う店で合コンをしていただろう。何も店の店主がここまで背負い込むことないのに。そんなこと今言っても無駄だけど。

誰が悪い。それを決めつけようとするのがよくないんだ。

私も大学でクラスターを発生させた身だから、保身に走るのかと思われるかもしれない。それでも、私は思う。

このコロナに関して、誰が悪いとかは無い。船田さんも悪くないし。あの四人も悪くない。悪いのは全部この「コロナ」だ。全部全部全部「コロナ」のせいだ。

感染した有名人はみんなテレビで謝罪をしている。これをやめないといけない。これからどうなるか分からない。年末には収まっているだろうか。そのうちにはきっとまたどこかの有名人が感染するだろう。

そのたびに謝罪して、バッシングしてを繰り返していたら、それこそこの国が終わっちゃう。高齢者の命も医療従事者も経済も大切だけど、もっと大切なものがあるはずなのに。

今、一人の男が命を自ら絶った。これからこんな事件が増えるかもしれない。それだけは絶対に間違っている。

いつからこんなギスギスした人間ばかりになったんだろう。自分がかかったときに「私は感染するリスクをゼロで過ごしました」なんて人いるんだろうか。

このままだと、感染が発覚したときに正直に言わない人も増えるだろう。実際にくーみんとか言うモデルは合コンしたことを隠していた。くーみんが悪いと言えばそれまでだけど、そうなってしまっている状況を変えることも考えないといけないんじゃないのか。

スマホが震える。今度は非通知だった。

私が悪い。反省している。

それじゃいけませんか?

私の行動は無責任でした。申し訳ありませんでした。皆さんは気をつけてください。

それじゃダメですか?許してくれませんか?

言い訳なのかな……。スマホのバイブレーションが誰かの声に聞こえた。


つづく


~~~~~~~~~~~~~~~


もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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クラスター#19

氏名:角中美紀(かくなか・みのり)
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:大学生
日時:二〇二〇年五月二日


私のスマホが鳴る。非通知の着信。まただ。

新型コロナウイルスに感染してしまった。責任は自分にある。

私はごく普通の大学生。都内の中堅の私立大学に通っている。

家庭はそこまで裕福ではない。かといって貧乏でもない。弟と妹がいて、二人ともまだ学生。親からは大学の学費は自分でなんとかしなさい、と言われている。

私は奨学金を借りている。なおかつアルバイト二つ掛け持ちしている。余裕はないが、それでなんとか学費は払えていた。

片方のバイトは二十四時間営業のファミリーレストラン。ちょっと出費が重なるときは、夜勤をいれて収入を増やす。私みたいな大学生のバイトも多く、そう言った融通を利かせてくれた。

もう片方のバイトは個人経営の居酒屋。「船田屋」という、優しいおっちゃんが切り盛りしているお店だった。

部活の先輩がそこで働いていたのだが、先輩は大学卒業とともに就職。先輩が抜ける穴を埋めて欲しいと頼まれて、雇ってもらった。

個人のお店なので、ファミレスのほうより圧倒的に融通が利く。テスト前は休みを多くしてくれるし、長期休みはシフトを増やしてくれる。なにより店主の船田さんが優しい。

「うちみたいな店で働いてくれるだけでありがたい」

たまに「明日来れるかな?」と急な出勤もあったが、そこはお互い様で積極的に入っていた。働きやすい、ありがたいお店だった。

四月の頭。安達総理大臣が「緊急事態宣言」を発令した。

三月から「コロナ」の話題がじわじわと耳に入ってきていた。大学も無期限で授業開始を延期。徐々に自粛のムードが広がっていった。

その影響は私のバイトにも及ぶ。ファミリーレストランは緊急事態宣言を受けて、完全休業の措置を取った。全国チェーンのお店はどこも同じ感じ。その流れをそのまま受けた印象だった。

当然、私のファミレスのバイトの収入はゼロになった。まあ、当然親もこの状況を知っている。言えばお金を貸してくれるだろう。だけど、ここまで自分で学費を稼いでいたのに、ここに来てまた親を頼るのか?自分の中で戸惑いはあった。

それも仕方のないことか。そう思っていたときに、船田さんから電話があった。「うちも自粛します」って、そんな連絡だろうなと思った。

「休業は出来ない」

私の予想とは裏腹に、船田さんは出勤をお願いしてきた。電話の内容は、うちは何か月も店を閉める余裕など無いからやる。お客さんも来ないかもしれないけれどやる。美紀ちゃんは来たくないなら来なくてもいい。そんなところ。

優しい船田さんらしく、世間の情勢を顧みて、私に出勤するかどうか決めさせてくれた。

私は迷うことなく「行きます」と伝えた。

理由は何個かある。一番はやっぱり無収入が辛い。あるのとないのでは大違いだった。

あとは船田さんへの恩とか義理とか、そんな感じ。あの料理が大好きな船田さんがやると言うのであれば、アルバイトの身分ではあるがサポートしようと思った。

そんなやりとりのあと、私は数回勤務した。お客さんは数えられるほどしか来ない。私の人件費がかえって無駄になるんじゃないかと申し訳なくなるくらいだった。

そして、最悪の状況を迎えてしまう。

お客さんの会食でクラスターが発生。食事をともにした四人全員陽性。そこに料理を運んだ私と、その私と会話をした船田さんも感染。船田屋内で計六人が感染した。

会食をした四人は今世間を賑わせている。お笑い芸人、野球選手、モデル、女優。全員そこそこの知名度のある人。そんな人たちが緊急事態宣言下で合コンしたということで、ワイドショーで毎日のように晒されている。今ニュースもコロナしかないので、執拗に批判されているようにも見えた。

この四人が来たことは覚えている。注文を聞きに行ったときに、一目で「あっ」となった。いけないことなんだけど、厨房からチラチラ覗いて顔と名前を一致させた。モデルのくーみんと芸人の黒木って人は知っていた。小野寺っていう女優と表っていう野球選手はグーグルで調べた。そんな世間話を船田さんともした。

あの四人の誰かがウイルスを持っていた。結果六人感染した。まあそりゃそうだよなって思う。けっこうな大声で話していたから、誰かが感染していればそうなることが分かる。

船田さんは早々に電話で謝罪をしてくれた。「営業した私の責任だ」としきりに言ってくれた。

そんなことないですよ、と私は返した。悪いのはコロナウイルスであって、船田さんではないですよと言った。これは自分にも言い聞かせるためだった。

私はその勤務の次の日に、新歓コンパに参加した。今もそうだが、私は全く症状は無い。だから、まさか自分が感染しているとは思わなかった。

結局、あの四人と同じことをしてしまった。私が悪いと言い聞かせてはいる。だけど、マスクもしていたし、やれることはやった。それでもここまで言われないといけないのかな。

「大学でクラスター発生」

私の大学の名前がネットで叩かれている。どこのどいつか分からないが、私の個人情報を特定した。その結果、一日に数回非通知での着信が来るようになった。

最初の着信は出た。すると相手はすぐに罵声を浴びせてきた。男の声だった。

恐ろしい世の中だ。ここまでしないと気が済まないのかな。私が悪いと言い聞かせて、なんとかやり過ごしていた。

スマホが震える。

またか、と思った瞬間に違うことに気が付く。発信者の名前があった。


船田智子


船田さんの奥さんだ。珍しい、なんだろう。

「はい」

私は電話に出る。

「美紀ちゃん?」

智子さんは声でも分かるくらい動揺している。

「どうしました?」

「大変なの……」

「…………」

「一徹が……、旦那が死んじゃったの……」


つづく


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【ごめんね】二日ばかりさぼりました


もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

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