氏名:影山春子(かげやま・はるこ)
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:教員
日時:二〇二〇年六月一日
教室に机に、たくさんの生徒。この景色は三か月ぶりだったが、体感はそれ以上のものだった。
六月一日。今日から公立の学校が再開した。
私個人の感情としては嬉しかった。家にいるとまるで「無職」なんじゃないかと自分を疑ってしまう。実際は「有給」扱いで、社会人、公務員として最低限の給料は保証されている。それでも仕事が無いのはそわそわして不安だった。
「六月から再開します」
そう聞いたときは、ホッとしている自分がいた。
だけど、それはほんの一瞬。現実は問題が山積みで考えるだけで頭が痛くなる。
三か月期間の空いた分の授業をどうやって補うのだろうか。修学旅行は無くなるのだろうか。部活はいつになったらできるのだろうか。そんなのばっかり。
はっきり言うと一番しんどいのは、周りの人間の言葉だ。
例えば、部活。これは先生によって言い分が変わる。
「生徒たちのためを思えば、絶対に今すぐ再開させるべきです。彼らは二年間ほぼ毎日練習を積み重ねてきたんですから」
これは体育の先生の意見。陸上部の顧問で、練習も厳しいって評判。一言で片づければ「熱い」のが特徴。先生や生徒からの評価も両極端に別れる。「全力で教えてくれるから好き」って人と「うるさくてウザい」って人。そんな感じ。
私はどちらかと言えば後者かもしれない。「ウザい」とまでは言わないが、自分とは住んでいる世界が違う。体育会系と文化系の違いなんだろうか。シンプルに馬が合わない。
とはいえ、尊敬はしている。あれだけ毎日体育の授業をこなし、そのうえで部活にも全力を注いでいる。平日は朝練に付き合い、夜遅くまで職員室で作業。土日は部活の大会や練習に付き添い。おまけに学年主任。この人はいつ寝てるんだと正直思っている。
「ただでさえ授業もギリギリでやれているのに、部活なんてやれるわけありません」
その熱い意見を、国語のベテラン女教師が冷たくいなす。この人はこの人で厳しい先生。はっきり言って生徒からはかなり嫌われている。「課題が多すぎる」「板書が多すぎる」「テストが難しすぎる」生徒からはだいたいそんなイメージ。
これもまた私もあまり好きではない。実際にテストを見せてもらったが、百点満点のテストで八十問近く出していた。周りの先生が「さすがにこれは……」と言うと、「国語が出来ないと他の教科も出来なくなります。このくらい出来て当然です」と言い放つ。何もそこまでと心の中で思っていた。
同じことを繰り返すが、この人も尊敬はしている。ちゃんと自分にも厳しいからだ。この人は「嫌われ役」を全うしている。そのうえで生徒のことを考えている。これぞ教師のあるべき姿なのかもしれない。
「じゃああの子たちの今までやってきたこと否定するんですか?」
「そんなことは言ってません。学校は勉強する場所なので、どうしても学業を優先しないといけないって話をしているんです」
「でも、毎日勉強だけなんてあまりにも可哀そうじゃないですか」
「部活なんてやったら、すぐに「密」が発生します」
五月に「学校が再開します」ってなったあとの職員会議。この二人がヒートアップして、議論をしていた。
私はどちらの言い分も理解はできる。どっちが正しいと言い切る自信は無かった。
ただ私が信じられなかったのが、このあと。他の先生が意見を求められ、口を開く。
「そもそも部活なんていらない」
「学校に勉強しに来てるやつなんていない」
そんなことを平気で言う先生がいた。そういう言葉を聞くのが辛かった。
テレビを見ていてもそう。内容の是非はともかくとして、そんな言い方したら周りがどう思うか考えてないやつが多すぎる。
感染した芸能人のニュース。合コンを開いた芸能人に対して辛辣なコメントをするタレントがいっぱいいた。
「そもそもこいつは昔から礼儀がなってなかった」
ベテランのタレントが毒を吐く。
これが私は見てられなかった。ずるいじゃん!後出しじゃん!「実はこいつあんまり好きじゃないんだよね」ってテレビで堂々と言えるなんておかしいと思う。
「野球やサッカーなんて、無くても困らない」
「飲み会の雰囲気が苦手だから、ずっとコロナのままだったらいいのに」
「学校が休校になっても勉強するやつはするから大して問題じゃない」
昔から自分の意見を言うのが苦手だった。すぐに周りに流されるタイプ。そんな自分を変えようと何度も努力したが無理だった。だから、自分の信頼できる人の言うことを聞いて生きようと思った。
過激な意見を言う人とは、自然に距離を取るようになってしまった。「好き」「嫌い」をはっきり言う人が苦手。類は友を呼ぶのか、私の周りは穏やかな人が多かった。
だけどみんな心の奥に秘めたる本音があって、それを隠している。それがこのコロナ禍で明るみになった気がする。
「大庭都知事がもっとちゃんと行動とかを指示しないといけない」
「安達総理大臣がもたもたしてるから、感染が広がったんだ」
「そもそも日本人の意識が低すぎる」
ツイッターにそんな文字が並ぶ。こないだまで見ているドラマの実況とか飼ってるネコの写真とかあげてたのに。私は一人一人をブロックしていた。
SNSは自己責任。嫌ならやらなきゃいい。そもそもネットにいる人を信用しちゃいけないんだ。
「部活って意味ありますか?」
「学校なんて行かなくても立派な人はいますから」
今目の前にいるリアルな大人たちが言う言葉。これは避けられない。
「〇〇事件で不正していた総理大臣の言うことなんて信用できないでしょ」
「元々力が無かった人が緊急事態になってメッキがはがれただけ」
「大庭なんていうババアに俺たち教師の気持ちなんて分かるわけないんっすよ」
私の周りは信頼できる人がいっぱいいるはずだったのに。
気持ちは分かる。いいこと一つもない世の中で、自分たちも「学校なんてやるのか」と言われる身。ストレスもたまるいっぽうだし、これから先の未来も明るくない。
だけど、言っていいこととダメなことってあると思う。
つづく
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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います
まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません
書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います
それでも良ければ、読んでください
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