明日何しようかな#138

「むかブロ?」140日連続更新企画

自作小説を連載しています

温かい目で読んでください

第一~六章(#1~#116)のまとめ読みはこちら

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景子


「…………数えますね」

岸さんは一枚一枚丁寧に数え始める。

「袋にくらい入れてきなさいよ」

「……ああ。たしかに」

「借金したの?」

「そんな!グッバイぐっちーの収入です」

そんなに稼げるのか、あの仕事は。そんなに稼げるんだったら私もやろうかと思う。だいたいそんなに愚痴をためている社会人が山ほどいるのもいかがなものかと思う。

「それはどういうお仕事ですか?」

岸さんの聞き方は、本当にいけない仕事をしている人への聞き方だった。私とすみれさんは全力でグッバイぐっちーの説明をする。それでも目の前に三百万円があることは腑に落ちていない様子だった。それは私もだ。

「はい、たしかに。三百万円ありました」

そして、数日後手術は無事行われた。ついにすみれさんの腕からタトゥーが消えた。

そのまた数日後、術後の観察のために病院に来た。すみれさんはこれ見よがしに半袖のシャツを着ている。

「寒くないの?」

「全然」

まだ気温は半袖という感じはしなかった。たぶん半袖が着られるのが嬉しくてたまらないのだろう。

肝心の手術の跡はと言うと、うっすらとタトゥーの後は残っている。これが限界なのかなとも思うが、完璧にきれいさっぱりというわけにはいかないみたいだ。だけど、少しお化粧すれば誤魔化せるだろうし、なにより見て「あっ」とはならない。十分、成功したと言えるだろう。

ふとすみれさんに目をやると、なぜか涙が頬を伝っている。

「え?なんで?なんで泣いてるの?」

「だって……だって、景子さんが……」

「大丈夫?」

私は慌ててハンカチを貸す。そこに岸さんがやってくる。

「どうされました?」

このシチュエーションだけ見ると、私がすみれさんを泣かせたみたいだ。なんか前もこんなことがあった気がする。

少し落ち着いたすみれさんが、涙をすすりながら言う。

「景子さんのおかげで、私、うまくやっていけそうだなって、うぅ……」

私はすみれさんの背中をさする。まあ、これで良かったんだろう。色々とツッコミたいことや言いたいことはあるんだけど、彼女のことは救えたみたいだ。

「景子さんは私の「師匠」です。これからは「師匠」って呼ばせてください」

「は?」

「師匠のおかげでこれからもなんとかやっていけそうです。本当にありがとうございます」

茶化してるのかとも思ったが、彼女の目は真剣そのものだった。師匠か……。いや別に嬉しくないことはないけど、師匠になりたかったわけじゃないんだけどな。

「分かった分かった。ありがとうね」

「師匠、ありがとうございます」

「あと、岸さんにもちゃんとお礼言いなさいよ」

「岸さんありがとうございます」

「あ……はい。あのこちらの問診票に記入してもらっていいですか?」

極めて冷静な岸さんを横目に、すみれさんは泣きじゃくりながらペンを動かす。痛みはないかなど、口頭でも改めて聞かれていた。結局、何一つ問題は無く、すみれさんのタトゥー問題は解決したみたいだ。

帰り道、すみれさんのアトリエに寄る。行くたびに看板も派手なものになっていて、良くも悪くも目を引くようにはなった。

「これも師匠のおかげです」

「やっぱり師匠は恥ずかしいからやめない?」

「いいえ、師匠です。師匠は師匠です」

こういう頑固なところがたまにあるのが分からない。

「だって、病院の話し合いとかも毎回着いて来てくださったんですもん。感謝してもしきれないです」

……たしかに。今思えば、別に私が行かなくてもよかった場面はあった。私は自然に自分のスケジュールを見てから、すみれさんのスケジュールを決めていた。なんでだろう。

「似顔絵とかも私じゃ絶対に思いつかなかったです」

まあ、強いて言えば「意地」だと思う。意地でも彼女のことを守りたい、救いたい。それだけ。

「これからどうするの?就職するの?」

「うーん」

元はと言えば、タトゥーのせいでまともな仕事に就けない。だから、タトゥーを消そうって話だった。それが今や「グッバイぐっちープレミアム」で三百万円を稼ぐ人になってしまった。

「悩んでるんですよね。このまま絵を描き続けていいのか。愚痴を聞く仕事も楽しくやれてるんで、悩んでます」

「やりたいこと、好きにやればいいよ」って言いかけた。でも、なんか無責任な気がして言えなかった。彼女はたまたま才能が見つかって、お金を手に入れた。でも本当にやりたいことは絵を描くこと。本当にやりたいことをやるって難しい。このアトリエだって、あと十年続けられるかと言われれば正直微妙だ。

「でも…………、ちょっと楽しみなんですよね。自分が将来どんな人になってるか」

「…………」

「まだ絵を描き続けているのか。愚痴を聞き続けているのか。それとも全然違う職業になっているのか。今はそれが楽しみです」

「楽しみ」ね……。分からなくもないけれど、私はそんなこと言えないな。たぶん私とすみれさんが決定的に違うのはそこだ。すみれさんはどんなに辛い状況でも、どんなに苦しい状況でもポジティブに前を向いている。それがいいのか悪いのかは別として。

「ふふ」

「なんで笑ったんですか?師匠」

「いやなんか。うーん……」

私は言葉に詰まる。この気持ち、なんて言えばいいんだろう。

「「師匠」も悪くないなと思って」

「ええ!?嬉しいです!」

誤魔化しちゃった。まあいいや。

「すみません。似顔絵描いてくれるのってここですか?」

若いカップルがうしろから話しかけてくる。

「ああ!はい!私です。私が長谷川です」

すみれさんは慌てて深く頭を下げる。

「あの、僕たちの似顔絵お願いしたいんですけど……」

「はい!分かりました!今すぐに準備します!」

どうやら私はお邪魔のようだ。

「お客さんが来ちゃいました、師匠」

お客さんの前でも「師匠」なんだ。まあそうなるか。案の定お客さんは「え?」と驚いている。

「うん。じゃあね」

「はい!またランチ連れてってください。……あ、こちらへどうぞ」

私は恥ずかしいのでそそくさと帰る。

明日はお姉ちゃんと会う予定だ。武道館で会って以来。この予定が決まってから、ずっと不安で不安でたまらなかった。会いたくないとすら思う自分もいた。

だけど、すみれさんみたいに「楽しみ」って言うことにしよう。

さっきは誤魔化しちゃったけれど、これもたぶん「憧れ」とか「嫉妬」なんだろうな。みんな自分には無い『何か』を持っている。「熱意」だったり「ポジティブ」だったり。そういう言葉には出来ない『何か』を持っている。

私もその『何か』をたくさん持てるように地道に生きていこう。地道に。

風がいつもより温かく感じる。自分が火照っているのか、それとも夏が近づいているのかは分からなかった。私はいつもより大きな一歩で家へと歩き出す。

明日何しようかな?


景子編、おわり


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【「明日何しようかな」あらすじ】

大阪にあるド田舎な村「百白(ひゃくしろ)村」

学年は全体で三人しかおらず光輔、景子、心菜は腐れ縁の仲だった

二○一○年三月、三人は卒業式前日にタイムカプセルを埋める

卒業式当日

景子の姉である莉子の失踪事件が起こる

事件の混乱で卒業式は中止が決定

心菜が光輔に告白することや、心菜が所属していた暗号部の最後の暗号を解くこと

それらを整理することが出来ずに、光輔、景子、心菜は離れ離れとなってしまう

ニ〇一八年、舞台は東京へ

事件は解決せず、心菜とは光輔、景子ともに音信不通となってしまう

景子は自宅の近くで雨宿りをしたのをきっかけに雑居ビルでアトリエを開いているすみれと出会う

すみれは腕に元カレのタトゥーが入っており、まともな職につくことが出来ないでいた

光輔は会社の帰り道、車窓からたまたまアパートの廊下にいた心菜を見かける

驚いた光輔は電車を飛び降り、心菜を探す

結局、心菜は見つからなかったが、心菜を見つけたアパートを確認することに

すると、アパートの一室にはあの日失踪したはずの莉子がいた

光輔は莉子の目撃を確信にするために、頻繁に偵察を続けることにした

一方、景子は自身の人脈を使い、すみれ救済計画を進める

まずは「愚痴聞き」サービスのオペレーターの職につき、安定した収入を得られるようにする

そして、元美容整形外科医の早見の力を借り、腕のタトゥー除去も企てる

すみれの生活は徐々に明るくなっていった

そんなさなか、公園にいた心菜と偶然再会する

心菜はガンを患っており余命宣告もされている状況で、治療のために東京に来ていた

一緒にいた看護師の渚にそのことを聞いた景子は、もう一度三人で会おうと誓う

光輔は事件解決の糸口が見つからず、自身の転勤の話もあり、かなり焦っていた

失踪事件の担当であった益川の力を借り、莉子がいたアパートに突入する

しかし、そこにいたのは莉子そっくりの人物だった

事件は振り出しに戻り、消沈する光輔

そんな光輔も景子の助けもあり、心菜とは電話越しではあるが再会する

事件が起きたあの日、心菜は不審な音を聞いていたことを告白する

事件解決、そして三人揃ってタイムカプセルを開けるためにそれぞれが動き出す

 

 

【登場人物】

・福山光輔(ふくやま・こうすけ

男性。百白中学校出身。言葉使いが荒かったりと乱暴な一面もあるが、体育会系のしっかり者でもある。
中学の頃から陸上にのめり込み、大学まで続けたが思うような結果は残せず。
大学進学を機に上京したことをきっかけに東京の一般企業に就職する。


・佐々木景子(ささき・けいこ)

女性。百白中学校出身。思いやりや優しさもあるが、ときに周りに冷たくあたってしまうサバサバした性格でもある。
厳しい家庭で育ち、大学進学まで親の言いなりで生きてきたが、もっと自分らしい生き方をしようとウェブライターに就職。
光輔や益川ともたまに連絡を取るが、姉の失踪事件は半ば諦めているというのが本音。


・泉心菜(いずみ・ここな)

女性。百白中学校出身。幼馴染三人の中では一番ワガママで寂しがりやで甘えん坊。
事件が原因で光輔と景子と離れ離れになったことがあまりにショックで、人間不信になっていた。
誰にも心を開かず大人になったが、病院で出会った渚には徐々に心を開くようになる。


・佐々木莉子(ささき・りこ)

女性。景子の姉。2010年3月に謎の失踪を起こす。
失踪の前触れのような行動は見られず、ある日突然いなくなった。


・上杉史也(うえすぎ・ふみや)

男性。百白中学校の先生。通称「タッチ」。学校中の生徒から愛されており、光輔、景子、心菜の三人も親しい仲だった。
心菜以外の二人とは中学卒業後も連絡をたまに取っている。


・益川正義(ますかわ・せいぎ)

男性。莉子失踪事件を担当する刑事。事件発生当時はベテランながら若々しい見た目。まだ中学生だった光輔らにも丁寧に接し、すぐに信頼を得る。
刑事人生で唯一莉子失踪事件のみが解決できておらず、なんとしてでも解決しようと情熱を注いでいる。
しかし、自身の定年も近付いていた。


・早見徹(はやみ・とおる)

男性。元天才美容整形外科医。現在はラーメン屋を営む。
記事を書くために取材したことをきっかけに、ウェブライターの景子(ネオン)と親しくなる。
景子はこの男が苦手であるが、すみれのタトゥー除去のために話しているうちに少しずつ打ち解け合っていく。


・片寄渚(かたよせ・なぎさ)

女性。心菜を担当する看護師。
おてんばで明るい性格で、周りからも愛されるキャラクター。
患者思いの性格で、なかなか心を開かない心菜にも何度もアタックし少しずつ信頼を得ていった。


・長谷川すみれ(はせがわ・すみれ)

女性。東京の小さなアトリエで絵を描いている。景子いわく「かなりの馬鹿」
猟奇的な彼氏の束縛にあい、右腕に大きな彼氏の名前のタトゥーをいれてしまう。
それが原因で就職も出来ず、アトリエで絵を描きつつギリギリの生活をしていたところで景子と出会った。


・羽田部長(はねだ)

男性。光輔の上司。
光輔はあまり好きではないが、羽田は光輔のことを一目置いている。


・松尾(まつお)

男性。光輔の部下。
彼もまた光輔はあまり好きではない。光輔いわく「近頃の若者」の悪いところ全てを集約したような奴。


・林さん(はやし)

女性。「グッバイぐっちー」を運営する。
実業家として成功を収めており、景子は数少ない友達であり、憧れでもある。

 

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