クラスター#27

氏名:高田良信(たかだ・よしのぶ)
年代:六十代
性別:男性
同居人:あり
職業:スポーツ施設管理人
日時:二〇二〇年五月二十五日


女子ソフトボール日本代表、下田美知子。彼女が新型コロナ陽性というニュースが流れたのは昨日だった。そして今日、マスコミは私のところへ押しかけて来ている。

突然、インターホンが鳴る。出ると「○○テレビ」とテレビ局の報道関係者を名乗った。

「なんの用でしょうか」

「下田選手の新型コロナ陽性についてお伺いしたいことがあるんですけど」

「何も話すことはありません」

こんなやり取りを今日だけで五回もした。

理由は明確で、彼女が感染した場所が私の管理している室内練習場ではないかとされているからだ。

テレビでは下田の名前とともに、室内練習場が映し出されている。

「緊急事態宣言が出ているにも関わらず、彼女は練習を続けていた模様です」

ニュースは誰かを戦犯にしないと気が済まないみたいで、私や下田はどこぞのコメンテーターに激しく非難されている。

彼女だけが感染したなら、ここまでの騒ぎにはならなかったかもしれない。だが、私の練習場を利用していた人物が次々に陽性反応が出た。

私の管理や感染防止対策が杜撰だった。これは言い逃れが出来ない。

またインターホンが鳴る。

「なんでしょうか」

「首都スポーツ新聞の安田です」

安田くんか。

彼は私との付き合いはそれなりに長い。いつだったか、この練習場で自主トレーニングをしている野球選手を彼は取材しに来ていた。

「はじめまして、安田と申します」

別に私なんて放っておけばいいのに、わざわざ名刺を渡して挨拶をしてくれた。

「高田さんって、水泳の選手ですよね」

「ええ?はい」

「どうして、今はこの施設の管理をされているのでしょう」

私は答えるのが面倒くさかった。答えたところで面白くもならない。こいつは世間話でもしたいのかもしれないけれど、私はそんな社交的では無い。

「それを聞いて何かあるんですか?」

かなり不機嫌に返してしまう。

「……あ。いえ、別に。少し気になっただけで」

彼も私の機嫌を察して一歩下がる。少しきつく言い過ぎただろうか。

「じゃあ今度正式にインタビューさせてもらってもいいでしょうか?」

しかし彼は諦めない。今度は仕事として私に話が聞きたいと言う。

「別に好きにしてくれたらいいよ」

まあどうせすぐに忘れるだろうと思った。しかし、彼は本当にインタビューの依頼をくれた。

後日、改めて私のところへ来てくれた。

「面白いこと何も無いよ」

「私が気になるだけなんで」

二時間くらいインタビューされた。彼は無礼な態度を一切見せずに誠実に私と話をしてくれた。

彼が私に聞きたいこと。それはかつて水泳の選手だった私がなぜ今、野球の練習をする施設の管理人をしているのか。

これの答えは簡単で、たまたまこの施設が潰れる話を聞いたから。

都心から車でないと来れない立地。施設の老朽化。野球人口の減少。そんな世間の煽りを受けて、この室内練習場はひっそりと閉業していた。

もうすぐ取り壊す。そんなときに私はこの施設のことを知った。

このとき私は水泳の指導者をしていた。しかし、もう六十を過ぎた。一般の人ならば定年の歳になる。私の代わりの若い人はいくらでもいる。いつまでも指導者としてやっていけるとは思っていなかった。

そんな私には小さな夢があった。水泳だけじゃなく、スポーツ界全体のためになるような活動がしたい。

私はかつてオリンピック日本代表にまでなるくらい、アスリートとしての人生を全うしてきた。大して勉強もしていないし、出来ることは「水泳」だけ。だから、私はスポーツ以外のことは出来ない。

それに私にはかつての“苦い経験”がある。あの経験を語り継いでいくことも自分の使命だと思っていた。

モスクワオリンピックのことですか?」

安田くんは聞く。私は驚いた。

「知っていたのか。君は」

「はい」

安田くんは兼ねてから私のことが気になっていたらしい。それで私の過去も調べてくれていた。

私は中学、高校時代は水泳に明け暮れていた。その頃は全国大会でも入賞を重ねていたが、まだまだ日本を代表する水泳選手とは言えなかった。

大学に進学。大学のコーチが自分を覚醒させてくれた。大会に出るたびに当時の日本新記録を打ち出す。向かうところ敵無しだった。

一九八〇年。モスクワでオリンピックが開かれる。その前年も私は絶好調で、日本選手権は学生ながら優勝した。

成績から見て文句無し。私は日本代表に選ばれた。合宿などにも参加し、世界で戦う選手を目指しひたすら泳いだ。

が、しかし。一九八〇年五月二十四日。モスクワオリンピック開会式まであと二ヶ月というときに、日本政府は日本選手団のボイコットを決定した。


つづく


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【ごめんね】今週、ちょっと忙しかった

明日はちゃんと23時に更新します

 

もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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