クラスター#26

氏名:斎藤知奈美
年代:二十代
性別:女性
同居人:あり
職業:女優
日時:二〇二〇年六月五日


感染は拡大する一方。政府は緊急事態宣言を発令。結婚式を開催できる理由は何一つ無かった。結婚式の中止が決まった。

心にぽっかりと穴が空く。仕事も無い、結婚式も無い。旦那も同じ。

こんな状況が続いたら、私たちどうなるんだろう。そりゃ貯金はあるかもしれないけれど、このままだといつか生活が破綻してしまう。

そんな私に追い打ちをかけるかのように、彼の態度も豹変した。

二人で家にずっといるなんて、これが初めてだったかもしれない。家にいても、台本を読む時間など仕事の時間が多い。何もすることなく、二人で同じ空間に毎日いるのが、新鮮だった。

最初は二人で録り溜めていた映画やドラマを観て、まったり過ごした。手作りのご飯を一緒に食べ、新婚らしい生活を送った。

それが徐々に崩れていく。

建は毎日夕方になると、コンビニに行ってお酒を買ってくる。相当な量。それを一晩で開ける。

「飲みすぎだよ」

「飲まないとやってられないだろ」

その気持ちは分かる。私も一緒にお酒に付き合ったりして、最初はやりすごしていた。

次第にお酒はエスカレートする。飲む量が増える。朝になっても起きない。言葉遣いが荒くなる。

「ねえ、建くん。そんなに飲んだら体に悪いって」

「うるせえ」

あれ?ちょっとずつ建が離れていく。私の好きだった建じゃなくなっていく。

「建くんってば!」

「黙れ!」

平手が私の頬に飛んでくる。うそ、ほんとに?信じられなかった。私、殴られた?

建もさすがに殴ったあとに我に返る。

「ごめん、知奈美。やりすぎた」

建は土下座をして謝った。

仕事が無い不安、コロナがまだ続きそうな不安、それに毎日押しつぶされそうだと泣いて言い訳をした。

許す、許さないを考える余裕も無かった。仮に許さなかったところで、これからどこに行けばいい?別れたところで、このコロナ禍じゃ行くあてがない。お金も無い。

私はこれからずっとこの人と一緒にいなきゃいけないのか?お酒に酔ったら人を殴る人と一緒にいなきゃいけないのか?

このときは「いいよ」と言った。だけど、建は次の日も同じようにお酒を大量に飲み続けた。

聞いたことがある。お酒で人が変わるんじゃなくて、お酒がその人の本性を暴くんだって。

今まで仕事に夢中で、建のいいところしか見てこなかった。それが一緒にいる時間が増えて、最悪な一面を見てしまった。

もしかして私、人生ミスってる?

だってこの先ずっといつ殴られるかと怯えながら生きていかなきゃいけないんだよね?そりゃ人間一つや二つダメな部分は持っている。それを受け入れてこそ最大のパートナーなのかもしれない。

だけど、それが「暴力」だと話は別。常に殴られるかもしれないという恐怖に怯えて暮らさないといけない。襲われて死ぬかもしれない。

無理だ。私、無理かもしれない。考えれば考えるほど、無理になる。

こういうとき、今までどうしてた?そうだ私は正直に気持ちを伝えてたんだっけ。

「建くん。私、別れたい」

こないだの暴力の件の恐怖が未だに離れないことを正直に話す。このときの私はまだほんの少し希望を捨ててなかったかもしれない。

「もう二度と暴力はしません。お酒も飲みません」

そう言ってくれる建が見たかった。それを受け入れるかどうかは別として、本気で反省している建が見たかった。

私の話を聞き終えると、建は私の髪の毛を掴んだ。

「ふざけるなよ。全部俺が悪いとでも思ってんのか?」

六月五日。今、私は友達の家にいます。

公演延期が決まってからも稽古を続けた劇団内で新型コロナに感染してしまいました。結果、一か月ほど入院。最終的に陰性の判定が出て、やっと退院できました。

帰る家がありませんでした。あの日、建は謝るどころか見事な逆ギレ。私は前回よりも強く暴力を振るわれました。

命からがら家を飛び出し、警察に保護。そのまま彼は逮捕されました。

保護されているときに、保健所から連絡があり、陽性が判明。結局、私が原因で警察内でもクラスターを起こし、散々な目に遭いました。

「コロナじゃなかったら、何年もあとにDV受けてたかもよ。あんなやつと早く別れられたんだからまだ良かったじゃん。ね?」

友達はこうやって励ましてくれます。その通りかもしれない。あいつと別れることが出来たのは幸いかもしれない。

だけど、たまに思う。

もしコロナが無ければ、今頃どうなってたかな?

彼の心が荒むこともなかったかもしれない。彼はずっと優しい男だったかもしれない。

建だってあれだけのお金を貯金していたんだから、本気だったのは間違いない。暴力を許せるわけないけれど、でも建だって……。

コロナが無ければ結婚式を挙げられたのに。コロナが無ければ幸せな夫婦生活を送れていたのに。

コロナが無ければ。強く握られてついた左腕のあざも無かったはずなのにな。


つづく


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もうちょっとだけ書き続けてみようと思います

まだ書いてる途中で、この先どんな展開になるかわかりません

書いてはすぐに公開してを繰り返すと思います

それでも良ければ、読んでください

目標は毎日更新

頻度はあまり期待しないでほしい

ただおもろいことをしたいだけです


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